
ホテル・旅館業界で注目される「チップ制度のデジタル化」。現場スタッフのやりがい向上、定着率改善、顧客満足度アップにつながる導入事例や成功要因、話題の「CoCoRo」活用法まで詳しく解説します。
日本のホテル業界におけるチップ制度の現状
日本のホテルや旅館では、欧米のようなチップ制度はこれまで一般的ではありません。宿泊料金にサービス料が含まれていることが多く、「チップ」を渡す慣習は定着しませんでした。実際、国内のホテル利用時には基本的にチップ不要とされ、従業員もチップを期待しない文化が根付いています。しかし近年、その状況に変化の兆しが見えています。慢性的な人手不足や従業員のモチベーション向上策への関心の高まり、そして日本独自の「おもてなし文化」の再評価といった背景から、チップ文化が改めて注目を集めつつあります。
特にコロナ禍後の観光需要回復に伴い、宿泊業界の人材確保が課題となる中で、「お客様から感謝の気持ち(金銭)を受け取れる仕組み」がスタッフのやりがいや定着率アップにつながるのではないかと期待されています。事実、厚生労働省の調査(令和5年雇用動向調査)によれば、宿泊業・飲食サービス業の2023年の離職率は18.2%と他業種に比べ高めの水準でした。
こうした高い離職率の背景には過酷な労働環境や待遇面の課題がありますが、社員の「働きがい」や「承認欲求」を満たせていないことも一因と指摘されています。従業員の定着率改善には職場環境の整備が不可欠ですが、それと並行してスタッフのやりがいを可視化し、モチベーションを維持・向上させる施策も重要です。その有効な手段の一つとして注目されるのが、「チップ制度のデジタル化」です。
デジタルチップ導入の背景と国内外のトレンド
チップ制度を取り巻く状況は世界的にも変化しています。キャッシュレス化の進展やコロナ禍での非接触志向により、デジタルチップ(オンライン上でチップを支払う仕組み)が各国で広がりつつあります。ある調査では「ホテル宿泊客の70%以上がスタッフにチップを渡したいと思っているものの、手元に現金がない」という結果が報告されており、現金に代わる手段としてデジタルチップへの需要が高まっていることが分かります。
実際、海外のホテルでは客室内にQRコードを設置し、スマートフォン経由でチップを支払える仕組みを導入する例も出てきています。デジタルチップはゲストにとっても「現金がなくてもお礼ができる」便利な方法であり、スタッフ側にとっても収入向上や励みになると評価されています。
一方、日本国内でもデジタル技術を活用したチップ制度の導入が徐々に始まっています。冒頭で述べたように、人手不足やサービス向上ニーズを背景にチップ文化への関心が高まっており、これを受けてシステム化されたチップ機能が登場しています。
本年2025年には、ホテル業界向けの無料ウェビナーで「宿泊体験に新たな価値をもたらすチップ機能」がテーマとして取り上げられるなど、業界内で最新事例の共有が進められています。このウェビナーでは、チップ文化を現代の日本で機能させるためのシステム活用事例や運用方法、導入効果が紹介される予定です。例えば、大手ホテルソリューション企業が提供する宿泊管理システムにおいてデジタルチップ機能がリリースされる動きもあり、施設の収益向上と宿泊体験価値の向上を同時に実現する取り組みとして期待されています。
このように、デジタルチップ導入の潮流は国内外で加速しています。日本においては「チップ=馴染みがない」という意識が根強いものの、時代に即した形でチップ文化を再構築しようという試みが始まっているのです。次章では、その具体的なソリューションの一つとして注目を集める「CoCoRo」というサービスについて、仕組みや導入メリットを見ていきましょう。
CoCoRoとは?デジタルチップシステムの仕組み
CoCoRo(ココロ)は、宿泊業界向けに提供されているデジタルチップシステムです。「旅先で出会ったお気に入りのスタッフ・チームに、メッセージとお心付け(チップ)を贈ることができるソーシャルギフティングシステム」と紹介されており、2023年4月にサービスが開始されました。一言でいうと、お客様の「ありがとう」をデジタル化してスタッフに直接届けるツールです。
CoCoRoの基本的な仕組みはシンプルです。宿泊施設側でCoCoRoを導入すると、館内にQRコード付きの案内などを設置し、宿泊客がそれをスマートフォンで読み取ることで専用のチップ送付ページにアクセスできます。お客様は担当してくれたスタッフ宛てに感謝のメッセージを入力し、任意の金額(オンライン決済によるチップ)を送ることができます。
クレジットカード等で完結するため現金の受け渡しは不要で、外国人旅行者でも手軽に利用できるのが特徴です。送られたメッセージとチップはクラウド上で管理され、受け取った施設側では従業員へのフィードバックや分配に活用できます。具体的には、集まったチップは月次で施設の指定口座に振り込まれ、管理画面で「誰にどれだけのチップが贈られたか」の履歴データを確認した上で、各スタッフに分配する仕組みです。
CoCoRo最大の特徴は、チップ(お心付け)とメッセージという「感謝の見える化」にあります。お客様から直接届けられた「ありがとう」は、スタッフにとって何よりの励みになります。サービス提供者側(ホテル・旅館側)は、その感謝の声と心付けを従業員のモチベーションアップに役立てることが可能です。
従来、接客業ではお客様の生の声がスタッフ個人に十分届かず、「自分のサービスがお客様の役に立ったのか?」がわかりづらい面がありました。しかしCoCoRoを利用すれば、ゲストから寄せられた具体的な称賛の言葉が本人に直接届きます。スタッフは自分の頑張りを実感でき、仕事のやりがい向上につながるというわけです。
さらにCoCoRoには多言語翻訳機能が搭載されています。英語、中国語、韓国語など各種言語で寄せられたメッセージを即座に日本語に翻訳できるため、外国人ゲストからの「ありがとう」もしっかり受け取ることができます。言葉の壁を越えてコミュニケーションを実現することで、訪日外国人客の満足度向上にも貢献します。この翻訳機能のおかげで、海外からの宿泊客も気持ちよくチップを贈ることができ、スタッフも国籍を問わず感謝をダイレクトに感じられます。
なお、サービス料との違いについて補足すると、CoCoRoはあくまで「お客様の期待を上回るホスピタリティ」に対する任意の心付けを直接届ける仕組みです。そのため、通常のサービス料(宿泊料に含まれる一定のサービスフィー)とは目的が異なり、多くの施設ではサービス料と併用して導入されています。言い換えれば、CoCoRoによるチップは「基本サービス以上の感謝の気持ち」であり、必ずしも全員が支払うものではありません。あくまで任意でスマートに送れる投げ銭のような位置づけです。このようにお客様にもスタッフにも負担が少なく、気持ちの良い範囲で感謝を形にできる点が、デジタルチップの利点と言えるでしょう。
CoCoRo導入のメリットと成功事例
導入メリット1:スタッフのモチベーション向上と定着率改善
CoCoRo導入によってまず期待できるのが、スタッフのやる気やエンゲージメント(愛着心)の向上です。お客様から直接届く賞賛の言葉と心付けは、従業員にとって「自分の仕事が認められた」という実感をもたらします。
単に笑顔や「ありがとう」をいただくだけでなく、目に見える形の感謝(チップ)をもらえることで、スタッフは「もっと良いサービスを提供しよう」と前向きになるかもしれません。このモチベーションアップ効果は、巡り巡って顧客満足度の向上にもつながります。実際、サービス業界では従業員エンゲージメントの向上が企業業績や顧客リピート率に好影響を及ぼすことが知られており、チップ制度はその一助となり得ます。
また、スタッフ同士の良いサービス事例の共有にもつながります。CoCoRo経由で「○○さんの対応が素晴らしかった」といったフィードバックがあると、職場内で「あの接客が良かったらしい」と話題になり、自然と成功事例の横展開が生まれます。あるホテルでは、CoCoRoからのメッセージをきっかけに「〇〇さんすごいね、何をしたの?」とスタッフ間で会話が生まれ、サービスの質向上に役立っているといいます。
良い取り組みが評価され可視化されることで、チーム全体のサービスレベル底上げにも寄与するのです。さらに、お客様が具体的に「何に感動したのか」が共有されることで、スタッフ一人ひとりに当事者意識が芽生え、自ら成長しようとする意欲が高まる効果も期待できます。
そして何より、従業員の定着率向上が見込めます。従業員エンゲージメントが高まれば離職率の低下につながることは様々な調査で示されていますが、実際の事例として、あるホテル関連企業では「従業員の頑張りを褒め合う仕組み」を導入した結果、アルバイトスタッフの定着率が63%から93%に改善したという報告があります。
この企業では社内SNSでサンクスカードを送り合う施策でしたが、「承認欲求が満たされたことで組織への愛着が増し、辞める人が激減した」と分析されています。CoCoRoによるチップ&メッセージも、外部のお客様からの承認という形で同様の効果が期待できます。スタッフがやりがいを持ち「ここで働き続けたい」と感じる職場づくりに、デジタルチップ制度は有効なツールとなるでしょう。
導入メリット2:顧客満足度の向上とファンづくり
チップ制度はスタッフ側だけでなく、お客様側の満足度アップにも寄与します。特に海外からの宿泊客にとって、優れたサービスに対して金銭的なお礼ができることは「もどかしさの解消」につながります。チップ文化がある国の人々は良いサービスに対価を払うのが当然と考えており、日本でそれができないと戸惑いや物足りなさを感じることもあります。場合によっては、「素晴らしい体験をしたのに感謝を伝えきれない」ことが心残りになるケースすらあります。
デジタルチップを導入しておけば、そうしたインバウンド客のカルチャーギャップを埋め、満足度を損ねないサービス提供が可能です。「チップ不要」の日本式おもてなしを尊重しつつも、希望するお客様にはスマートに感謝を表現してもらえるため、双方にとってWin-Winと言えるでしょう。
さらに、CoCoRoのようなシステムではお客様との関係性構築にもつながる工夫があります。例えば、お客様が特定のスタッフを指名してメッセージとチップを送ると、その記録が残ります。ホテル側は「誰が誰からお礼を受け取ったか」を把握できるため、リピーター顧客の把握やさらなるサービス向上に活かせます。
実際にCoCoRo導入施設では、「毎回同じスタッフを指名してくれる常連のお客様」が可視化され、「ただいま」「おかえりなさい」と声を掛け合えるようなファン客との関係構築に役立っているとの声もあります。ゲスト・スタッフ間の絆が深まれば、お客様のまたの来訪(リピート)や口コミ紹介にもつながり、施設全体の業績向上にも好影響をもたらすでしょう。
また、チップを受け取ったスタッフにクーポンを発行してお客様にお返しする、といった工夫で次回利用のインセンティブに結びつけることも可能です。実例として、飲食業界向けの類似サービスでは「チップ(金額に応じて店舗からクーポン発行)→お客様の再来店促進」という仕組みを取り入れ、リピーター増加に成功したケースがあります。宿泊業界でも、チップを起点としたお客様体験の向上とファンづくりが期待できるでしょう。
導入メリット3:新たな収入源と評価制度の整備
チップ制度はスタッフ個人の収入面にもプラスになります。日本の宿泊業は給与水準が他業界に比べ低い傾向があり、それが離職要因の一つとも言われます。チップによってスタッフが追加の報酬を得られれば、経済的な満足度も上がり得ます(もっとも、日本ではチップは法的には給与扱いになる可能性があるため、税務処理等には注意が必要です)。しかし企業側にとっても、チップ収入があることで基本給を補完し離職抑制につながるならば、結果的に人件費の効率的な活用と言えるかもしれません。
また、チップやメッセージのデータは客観的なサービス評価指標としても機能します。従来、接客サービスの評価はアンケートや上司の主観によるところが大きく、スタッフにとって不透明さがありました。デジタルチップ制度では「誰が何件お客様から感謝を受け取ったか」という定量的な指標が得られます。
あるサービス業向けアプリでは、ゲストから送られた「エール(好評価)」やメッセージ件数をAIでスコア化し、人事評価や社内表彰に活用する試みも行われています。チップ=顧客評価データと捉え、スタッフの頑張りを見える形で評価・還元すれば、公平な人事考課やインセンティブ制度の構築にも役立つでしょう。このように、チップ制度は単なる収入増以上に組織マネジメントの強化ツールとしての側面も持っています。
実際、飲食チェーンでOTENTO(オテント)という類似サービスを導入したところ、「スタッフが今まで以上に積極的にお客様と会話し、丁寧な対応を心掛けるようになった」「スタッフの意識が格段に高まった」といった声が寄せられたそうです。さらにテスト導入期間中に2000店舗以上で本格導入予定が決まるなど、多くの現場から支持されたとのことです。
これは、チップやエールによる評価がスタッフのやりがいに火を付け、サービス品質全体の底上げにつながった好例と言えます。ホテル業界でも、デジタルチップ制度を上手く活用すれば「従業員が主体的にサービス向上に取り組み、結果として離職率も下がる」という好循環が十分に期待できるでしょう。
他施設でのチップ制度活用事例:CoCoRo以外の取り組み
デジタルチップ制度はCoCoRo以外にも登場しており、様々な業態で活用が広がっています。ここでは宿泊業界以外の事例も含め、参考となる取り組みを紹介します。
- 飲食業界:OTENTO(オテント)の事例 – 大阪発のスタートアップが提供するOTENTOは、来店客が店内のQRコードからスタッフ個人を選んで「エール(応援メッセージ)」やチップ(金額は100円~10,000円)を送れるアプリサービスです。ゲストからの評価・メッセージ数はAIによってスコア化され、スタッフの社内評価に反映される点が特徴です。また、ゲストがチップを送った際、その額に応じて店舗からクーポンが発行される仕組みで顧客のリピート利用を促しています。飲食店側は初期費用・月額費用なしで導入できることもあり、サービス開始前の試験期間だけで2000店舗以上から導入申し込みがありました。導入店舗からは「お客様と積極的に会話するようスタッフが変化し、今まで以上に高い意識で仕事に取り組むようになった」と好評で、サービス導入によるスタッフの接客意識向上と顧客満足度アップという効果が確認されています。この例は、可視化された顧客評価が従業員の行動を前向きに変える好例として注目できます。
- 外資系ホテルの自主的なチップ運用 – 一部の高級ホテルや外資系ホテルでは、公式にはチップ制度がなくとも外国人ゲストからのチップ提供を受け入れやすい環境を整えている場合があります。たとえば、客室に「Thank You」封筒を置いてゲストがチップを残せるよう配慮したり、ベルスタッフ等へのチップを禁止せず任意に任せたりといった運用です。こうしたケースでは集まったチップをスタッフ間で均等配分するルールを設けるなど、公平性に配慮した取り組みもみられます(※具体的な事例名は公表されていませんが、業界内の取り組みとして耳にするものです)。このように、必ずしもデジタルシステムを用いなくとも、チップ文化を部分的に取り入れて従業員の士気向上につなげる動きも出始めています。
- 社内通貨・ポイント制度による疑似チップ – ホテルによっては、お客様から直接ではなく社内制度としてスタッフ間の称賛ポイントを導入している例もあります。例えばある企業では、従業員同士で感謝のメッセージとポイント(社内通貨)を送り合う仕組みを設け、貯まったポイントを商品券などと交換できるようにしました。このようなピアボーナス制度により従業員同士が互いを認め合う文化が醸成され、結果的に離職率低下やサービス品質向上につながったとの報告もあります。外部顧客からのチップではありませんが、「称賛を見える化して報いる」という点でチップ制度と通ずるものがあり、スタッフのモチベーション維持策として有効な手段です。
以上のように、宿泊業界のみならずサービス業全般で「感謝の見える化」ニーズが高まっており、様々なアプローチが取られています。CoCoRoはその中でも宿泊施設に特化したソリューションとして、国内では先駆的な存在です。実際、CoCoRoは既に国内で30以上の宿泊施設に導入された実績があり、今後も導入事例が増えていくことが予想されます。自社に合った形でチップ制度を取り入れる際には、これら他施設の事例も参考にしながら検討すると良いでしょう。
チップ制度導入の課題と乗り越え方
メリットの多いチップ制度ですが、導入にあたってはいくつか乗り越えるべき課題も存在します。ここでは想定される主な課題と、その対策について解説します。
課題1:日本の文化・習慣とのギャップ
課題: 日本ではチップに馴染みが薄く、客側もスタッフ側も戸惑う可能性があります。お客様によっては「チップを要求されているのでは?」と誤解したり、従業員側でも「金銭を直接頂くのは恐縮だ」と抵抗を感じたりするかもしれません。
対策: 導入時には、チップ制度の趣旨を丁寧に周知することが大切です。例えば館内POPや案内文で「お心付けはお気持ちですので無理のない範囲で」「頂いたお心付けはスタッフの励みとして大切に活用いたします」などと明記し、あくまで任意の感謝であることを強調します。またスタッフ研修においても、チップを頂く際のマナー(笑顔でお礼を述べる、断られたら深追いしない等)を教育し、スマートなおもてなしの延長として受け止められるようにしましょう。社内規定で従業員が個人的に現金を受け取ることを禁じている場合は、今回の制度が会社公認であることを説明し、不安を解消することも重要です。
課題2:従業員間の不公平感
課題: チップはお客様の主観に依るところが大きく、どうしても「もらえる人ともらえない人」「金額の差」が発生します。その結果、社内で不公平感が生まれ、一部スタッフのモチベーションが下がるリスクがあります。本来モチベーションアップを狙った制度が、逆に妬みや不満を生んでは本末転倒です。
対策: 分配ルールの工夫で公平性に配慮しましょう。CoCoRoの場合、チップは一旦施設に集約されますので、例えば「毎月集まったチップを全スタッフに均等配分する」「部署ごとにプールして山分けする」「一定割合を裏方スタッフにも回す」といった取り決めが可能です。実際、スタッフ個人を登録せずチーム単位で受け取る設定もCoCoRoでは選択でき、導入後に個人登録を追加することもできます。まずはチーム全体で喜びを共有し、運用に慣れてきたら個人評価に紐づける、といった段階的導入も有効です。また、成果の可視化と称賛を制度に組み込むことも大切です。チップを多く獲得したスタッフを月次で表彰したり、全員の前で称賛する仕組みを作れば、「〇〇さんすごい!」と前向きに捉える文化が育ち、不公平感より切磋琢磨の雰囲気が醸成されるでしょう。
課題3:税務・法律・運用面の対応
課題: チップ収入の扱いやシステム運用に関する課題です。日本ではチップは法的な位置づけが明確ではなく、従業員への金銭給付となれば所得税や源泉徴収の問題が出てきます。また、電子決済手数料やシステム利用料のコスト負担、問い合わせ対応など、運用面での負荷も考慮しなければなりません。
対策: 社内ルールと処理フローの整備が必要です。チップを給与とは別の「賞与・手当」として支給するのか、福利厚生的な扱いにするのか、税理士や社労士に相談して適切な処理方法を決めましょう。CoCoRoの場合、毎月まとめて施設口座に振り込まれるため、一旦会社が受け取り各人に再分配する形になります。この際、源泉徴収が必要であれば差し引いて支給するなど、法令順守した運用を行います。また、システム利用料や決済手数料については、チップ総額の◯%を運営会社に支払うモデルが一般的です。導入前に費用対効果を試算し、チップ導入によるスタッフ定着・CS向上効果とのバランスを検討すると良いでしょう。運用開始後は、お客様からの問い合わせ(「どうやって送るの?」等)やトラブル対応も発生し得るため、マニュアル整備やフロントスタッフへの教育も準備しておくと安心です。
課題4:期待外れリスクと継続運用
課題: 導入したものの「思ったほどチップが集まらない」「最初だけ盛り上がったが尻すぼみになった」などの可能性もあります。せっかくシステムを入れても形骸化しては投資に見合いません。
対策: 導入後のフォローと改善が重要です。まず、チップ制度が定着するまでは館内で積極的に周知しましょう。チェックイン時に「当館ではお気持ちをデジタルチップでお受けできます」と一言案内したり、館内POPのデザインを工夫して目に留まるようにするなどして、お客様への認知度を高めます。同時にスタッフにも、「チップを頂いたら共有する」「お礼状を送る」などポジティブなフィードバック文化を促しましょう。たとえば月に一度、全員に向けて「○月は△△さんが○件のメッセージを頂きました!皆で拍手!」と共有すれば、士気が上がり継続利用のインセンティブになります。運用中に問題や課題が見つかれば、遠慮なくシステム提供会社に相談し、機能改善やサポートを仰ぐことも大切です。CoCoRoでも導入企業向けのサポートやFAQが整備されていますので、活用しながら長期的な視点で制度を根付かせる工夫を続けましょう。
以上のような対策を講じることで、チップ制度導入時の様々な障壁を乗り越え、メリットを最大限享受できるはずです。
「やりがいの可視化」がもたらす効果:エビデンスで読み解く
最後に、チップ制度にも通じる「従業員のやりがい・満足度向上」がもたらす効果を、いくつかのエビデンスから確認しておきます。これらはチップ制度導入の意義を裏付けるデータでもあります。
- 離職率の大幅改善例(承認による効果): 前述のように、社内承認制度を導入した株式会社BPでは、アルバイト定着率が63%から93%に改善しました。社員の頑張りをきちんと褒め、可視化する仕組み(TUNAGのサンクスカード等)を取り入れたことで、一人ひとりのエンゲージメントが高まり組織への定着が進んだといいます。この劇的な改善は、「承認欲求の充足」が離職抑止に直結することを示しています。チップ制度によるお客様からの承認も同様に、離職率改善の強力な武器となり得るでしょう。
- スタッフの接客姿勢の変化(モチベーション向上効果): OTENTO導入店舗での声として紹介された「スタッフが積極的にお客様と会話するようになり、丁寧な対応を心掛けるようになった」というエピソードは、金銭的報酬よりむしろ「評価されている」という実感が行動を変えた好例です。チップという具体的な形で評価されることで、スタッフは自発的にサービス品質向上に努めるようになりました。これはまさにモチベーション向上→サービス向上→顧客満足度向上という正の連鎖が生まれた瞬間と言えます。
- 顧客満足度と売上への寄与: 従業員満足度(ES)の向上は顧客満足度(CS)の向上につながり、ひいては企業の収益性を高めることが様々な研究で示されています。従業員のやりがい向上策の一つとしてチップ制度を導入することは、間接的に顧客満足度やリピート率、売上アップに貢献します。特にホスピタリティ業界では、人がサービス品質を左右する割合が大きいため、スタッフのモチベーションが上がればお客様へのホスピタリティも向上し、その場限りでなく顧客Lifetime Value(顧客生涯価値)を高める効果が期待できます。
- 「おもてなし」の質の向上: CoCoRo導入ホテルのマネージャーは、「お客様が嬉しいと感じたサービスを具体的に把握できることでスタッフの当事者意識が芽生え、接客の質がより高まった」と述べています。チップ制度により得られたお客様の生の声は、スタッフにとって貴重な学びの機会です。「あの料理の出し方がよかった」「あそこまで掃除が行き届いていた」といった評価を知ることで、自分たちのおもてなしの何が価値を生んでいるかを理解し、次のサービスに活かせます。このようにして各自が経験値を高めていけば、組織全体のサービスレベル向上と競争力強化につながります。
以上のエビデンスからも明らかなように、「従業員のやりがいを可視化し、適切に報いること」が人材定着とサービス向上の鍵となります。デジタルチップ制度はその具体策として有効であり、すでに効果を上げている事例が出始めています。
まとめ:チップ制度デジタル化で「人も組織も輝く」ホテルへ
宿泊業界におけるチップ制度のデジタル化について、現状と事例、そして成功のポイントを見てきました。従来日本では馴染みの薄かったチップ文化も、デジタル技術と工夫次第で現代のホテル経営に新たな価値をもたらすことがお分かりいただけたかと思います。スタッフにとっては自分の仕事の意義やお客様からの評価を実感できる励みとなり、ゲストにとっては感謝の気持ちをスマートに伝えられる満足感につながります。まさに「お客様の『ありがとう』を組織成長の力に」変える施策と言えるでしょう。
もちろん、導入にあたっては文化的な配慮や運用面の対策が必要ですが、適切に設計・運用すればチップ制度は現場スタッフのやりがい向上、定着率改善、サービス品質向上、顧客満足度アップと、一石二鳥にも三鳥にもなる効果を発揮します。慢性的な人材不足に悩むホテル業界において、人にフォーカスした施策を打つことは避けて通れません。チップ制度のデジタル化は、その有力な選択肢としてこれからますます注目されるでしょう。
次の一歩として、自社でチップ制度導入を検討したい読者の皆様は、ぜひ社内でディスカッションを始めてみてください。その際、本記事で紹介した成功事例や課題ポイントを参考に、現場の声を交えながら最適な形を模索されることをお薦めします。