親湯温泉が打ち出した館内ツアーと冬限定サービスは、老舗旅館がオフシーズンに価値提案を強化するヒントが多い取り組みです。蓼科の「夏の避暑地」という既存イメージに対し、静かな冬の時間や歴史、読書体験を前面に出すことで、新たな顧客層やインバウンドを含む「滞在型」の需要を獲得しようとしていると読み取れます。この記事では、宿泊業の経営者・企画・現場マネージャーの方に向けて、親湯温泉の事例をどのように自館の戦略に落とし込めるかを整理します。
本記事のポイント
- 親湯温泉の冬限定サービスと館内ツアーは、「夏の避暑地」から「一年を通じた物語のある宿」へとポジションを変える試みであり、オフシーズン対策の具体例として参考になります。
- 3万冊の蔵書ラウンジや焼きりんご・ホットワインなど、親湯温泉の事例は「小さな無料特典+滞在シーンの提案」で平日の稼働向上と客単価アップをねらうモデルとして応用しやすい構成です。
- 創業100年を見据えた館内ツアーや「100周年カウントダウンプロジェクト」は、親湯温泉の従業員エンゲージメントや高付加価値化にもつながる取り組みであり、長期投資と日々のオペレーションを結びつけるヒントになります。

親湯温泉のニュースの概要と冬の新サービス
長野県茅野市の温泉宿「創業大正十五年 蓼科 親湯温泉」を運営する合資会社 親湯温泉は、蓼科の冬の魅力を全国に伝えることを目的に、冬季限定の無料サービスやイベントを開始したと発表しています。冬の蓼科は「夏の避暑地」というイメージに比べて認知が低い一方で、静けさや凛とした森の景観が特徴であり、その「隠れた魅力」を体感できるリトリートの場として打ち出しているとしています。
具体的には、12〜3月の平日(月〜木)限定で二つの無料サービスを提供するとしています。ひとつは、3万冊の蔵書ラウンジで焼きりんごとホットワインを提供する「ウインタートリート(冬のご褒美)」で、冷えた体を温めながら読書や滞在を楽しめる時間を演出する内容です。もうひとつは、太宰治をはじめとする文人たちが訪れた歴史をたどる「100年の歴史を歩く館内ツアー」で、館内に残る資料や作品を巡りながら宿の物語を知ることができるとしています。
館内ツアーでは、参加者に配布されるMAPが文庫本のブックカバーとしても使える仕様になっており、親湯温泉と縁のある10人の文人をイメージした客室「蓼科倶楽部」の一室「柳原白蓮スイート」の壁紙デザインを用いるなど、体験の記憶が自宅にも続いていくデザインを採用していると説明しています。
さらに、冬の平日限定の二つの無料特典を組み込んだ「冬のご褒美旅プラン」、テーブルコーディネーター監修の器やしつらえを楽しむプラン、クラフトビール工場見学プランなど、冬限定の宿泊プランも複数用意したとしています。週末には、地元の漬物店とコラボした「漬物とワインを楽しむ会」やクラフトビールのテイスティング会など、宿泊者限定のイベントも開催するとしています。
親湯温泉グループ全体では、2026年の本館100周年に向けて「100周年カウントダウンプロジェクト」を継続しており、蔵書ラウンジや個室レストランの新設、露天風呂やプラネタリウム岩盤浴の導入、姉妹館のリニューアルなど、毎年館内やグループ施設の価値向上を図ってきたと述べています。今回の冬の親湯温泉の取り組みも、その流れの一環と位置づけられていると考えられます。

親湯温泉の事例から見える宿泊業にとってのポイント
親湯温泉の冬コンセプトは「静けさ×物語×温泉」
親湯温泉は、「夏の避暑地」という従来の蓼科イメージではなく、冬ならではの静けさや凛とした自然をあえて前面に出しています。これに、蔵書ラウンジと文人ゆかりの歴史、渓流を望む温泉という要素を掛け合わせることで、「何もしない贅沢」「物語の中で過ごす時間」という明確な冬コンセプトを構築しているように見えます。
観光庁がまとめた世界的な観光コンテンツの潮流調査でも、ウェルネスやネイチャーアクティビティ、生活没入型コンテンツは中長期的なトレンドとして挙げられており、単なる観光地巡りよりも「心身のリセット」や「その土地の暮らしや文化への没入」が重視される傾向が指摘されています。
親湯温泉の冬の打ち出しは、こうした潮流と自館の資源をうまく接続している事例と見ることもできそうです。
無料特典をフックに平日の稼働と単価を両立させる
今回の親湯温泉の施策では、「冬の平日限定で無料」という条件をつけた二つの特典が核になっています。焼きりんごとホットワイン、館内ツアー自体はコストをかけすぎずに用意できる一方で、「ここでしか味わえない冬の体験」としての付加価値は大きく、平日の予約動機づくりに寄与しやすい設計です。
旅館向けのインバウンド受入ポイント集でも、宿泊そのものを「文化体験」として伝える際には、客室や食事だけでなく「一日の過ごし方」「館内でどんな体験ができるか」を分かりやすく提示することが、予約の後押しになると整理されています。
親湯温泉のように、無料特典と「今日の過ごし方」をセットで発信することで、OTA上のプラン差別化や自社サイトでの直接予約訴求もしやすくなりそうです。

歴史と文人ゆかりのストーリーを館内ツアーで可視化
親湯温泉は、太宰治をはじめとする文人や歌人とのゆかりを館内ツアーとして可視化し、ブックカバーになるMAPで体験の余韻まで設計しています。多くの老舗旅館が「歴史」や「著名人の宿泊」を持っていても、館内ツアーという形で整理し、スタッフがストーリーテラーとして案内するところまで落とし込めている例はまだ多くはないかもしれません。
宿泊業の経営改善マニュアルでは、顧客価値向上の観点から「自館ならではの体験や物語を見える化し、価格と結びつける」ことの重要性が示されています。
親湯温泉の館内ツアーは、「歴史という資産」を「平日の無料体験」「特別プランでの価値訴求」という形でパッケージ化した好例といえそうです。

蓼科エリアと親湯温泉を取り巻く背景と理由の整理
「夏の避暑地」イメージと冬の需要ギャップ
蓼科や周辺の高原リゾートは、長く「夏の避暑」「ドライブ観光」のイメージが強く、冬はスキー場か、雪深い地域と比べると中途半端な印象を持たれやすいエリアでもあります。その結果、「夏は忙しいが冬は稼働が落ちる」という季節変動に悩む宿泊施設も少なくないのではないでしょうか。
今回、親湯温泉が強調しているのは「蓼科は豪雪地帯ではないのでアクセスしやすい」「森が凛と佇む静かな冬」というポジティブな解釈です。冬の運転を心配する層には送迎バスを用意し、スタッドレスタイヤがあれば自家用車でも来やすいと説明するなど、心理的ハードルを丁寧に下げようとしている点も、オフシーズン需要づくりのポイントといえます。
体験・ウェルネス志向の高まりとの接続
世界的な観光トレンド調査では、パンデミックを経て「心身のウェルビーイング」「自然とのつながり」「生活に溶け込む体験」が重視されるようになっていることが指摘されています。
親湯温泉が打ち出す蔵書ラウンジでの読書時間や、静かな森を背景にした露天風呂、文人ゆかりの物語に浸る館内ツアーは、まさにこうした価値観と親和性が高いと考えられます。
また、旅館向けインバウンド受入ポイント集では、「何ができる宿なのか」「どんな過ごし方ができるのか」を具体的に提示することが、外国人旅行者の安心感にもつながるとしています。
冬の親湯温泉のようなコンセプト設計は、国内だけでなくインバウンドを意識した場合にも有効な方向性といえそうです。

高付加価値化と長期的な館内投資の文脈
観光庁が示している宿泊業の高付加価値化に向けた経営ガイドラインや、生産性向上のためのハンドブックでは、「施設の生産性」「業務の生産性」「顧客価値」の三つの観点で現状を把握し、優先順位をつけて投資・改善を行うことが推奨されています。
親湯温泉の100周年カウントダウンプロジェクトは、毎年何かしらのリニューアルや新設を行いながら、蔵書ラウンジ、個室レストラン、露天風呂、プラネタリウム岩盤浴、姉妹館の改装など、ハード・ソフトの両面で「選ばれる理由」を積み上げてきたものと捉えられます。今回の冬サービス開始も、その延長線上で「冬の顧客価値」と「従業員のやりがい」を高める施策として位置付けられているのではないでしょうか。



親湯温泉が実施する具体的な取り組み・ニュース内容の解説
冬の平日限定「ウインタートリート」と蔵書ラウンジの活用
親湯温泉は、3万冊の本が並ぶ蔵書ラウンジを象徴的な空間として位置づけ、その場で提供する焼きりんごとホットワインを「ウインタートリート(冬のご褒美)」と名付けて無料特典としています。香ばしいりんごと温かいワインは、冬の冷えた身体をほぐすだけでなく、「読む・飲む・くつろぐ」というシーンを自然につなぐ役割を果たします。
同様の取り組みを自館で考える場合、必ずしも蔵書ラウンジやアルコールが必要というわけではありません。例えば、
- 地元の果物や温かいスイーツを使った「季節の一皿」
- ノンアルコールのホットドリンクやハーブティー
- 地元のストーリーを紹介する小冊子やミニトーク
などでも、「冬ならではのひととき」を演出できます。ベジタリアン・ヴィーガンや宗教的な配慮が必要なゲストが増えていることを踏まえると、同じコンセプトでノンアルコールや動物性不使用の選択肢も用意しておくと、より受け入れやすい体制になります。

「100年の歴史を歩く館内ツアー」とブックカバーMAP
親湯温泉の館内ツアーは、創業100年を迎えるにあたって蓄積された資料や作品を活かし、太宰治をはじめとする文人・歌人がこの宿を訪れた背景や、当時の社会を騒がせた出来事などを、スタッフが案内する形式としています。館内に点在する作品や写真が「歴史の展示物」として再編集され、お客様は歩きながら宿の物語に没入できる構成です。
ツアーで配布されるMAPは、ガイドとしてだけでなく、折りたたむと文庫本のブックカバーにもなる仕掛けになっており、自宅に帰ってからも親湯温泉とのつながりを感じられるデザインです。これは、
- 体験価値を「形に残るもの」に変える
- お土産的な要素を持たせ、思い出を想起させる
- SNSなどでの発信素材にもなる
といった効果が期待できる工夫であり、小規模な印刷物やしおりでも応用しやすい発想といえます。

冬限定プラン・イベントで地域との接点を広げる
親湯温泉は、冬の平日特典を組み込んだ基本プランのほかに、以下のような冬限定プランやイベントも用意しています。
- テーブルコーディネーター監修の器としつらえを楽しむプラン
- クラフトビール工場の見学とテイスティングを組み合わせたプラン
- 地元の漬物店が主催する「漬物とワインを楽しむ会」
- クラフトビールブランドによるテイスティングイベント
いずれも、「宿の中だけ」で完結させず、器や酒蔵、食品メーカーなど、地域のものづくりと連携している点が特徴です。観光庁の持続可能な観光や観光コンテンツのトレンド調査でも、地域事業者と連携した体験型のコンテンツ造成が、旅行者の満足度と地域経済への波及効果を高める手法として紹介されています。
自館で取り入れる場合も、「誰と組めるか」という視点で地域のパートナー候補を洗い出し、平日・週末それぞれに合う小さなイベントを設計することが、冬の集客やリピーターづくりに役立ちそうです。

親湯温泉の取り組みを自社に活かすヒント
自館の「物語」と資産を棚卸しして、館内ツアーのタネを探す
親湯温泉のように文人ゆかりの歴史がなくとも、老舗旅館にはそれぞれ独自の物語があるはずです。例えば、
- 創業者や代々の女将・主人のエピソード
- 地域の祭りや風土と結びついた物語
- 常連客との関係性や、世代を超えた家族利用の歴史
などを洗い出し、館内の写真や設えと結びつけることで、「自館ならではのストーリー・ツアー」のタネが見えてきます。まずはチェックアウト後の時間帯に30分程度の無料ツアーから始めて、反応を見ながら有料化や特別プランへの組み込みを検討する方法もあります。
オフシーズンの平日に「無料だが印象に残る特典」を設計する
親湯温泉が「冬の平日」に限定して無料特典を設けたように、自館でも稼働に波が出やすい曜日・季節を絞り込み、その期間だけの「小さなご褒美」を用意する考え方が応用できます。例えば、
- 平日チェックイン限定のウェルカムドリンクと一品サービス
- 冬の夜限定の読書会や星空案内
- 女将や支配人とのミニトークイベント
など、コストは抑えつつ滞在の満足度を高める施策は多数考えられます。旅館向けの生産性向上ハンドブックでも、「安易な値引きではなく、顧客価値を高める付加価値提供」が重要とされていますので、こうした特典は価格の根拠づけにもつながります。

地域事業者とのコラボで体験メニューを増やす
親湯温泉がクラフトビール工場や漬物店と組んだように、地域の食品メーカー、酒蔵、農家、工芸作家などと連携することで、冬の体験メニューの幅は大きく広がります。ポイントは、
- 宿のコンセプト(静けさ・文化・自然など)と相性の良いパートナーを選ぶ
- 事業者側にもメリットがある形(商品販売や認知拡大)を設計する
- 無理に大規模イベントにせず、小さな会を継続する
といった点です。結果として、「親湯温泉で出会った◯◯」という記憶が宿と地域の両方への愛着につながりやすくなります。
従業員エンゲージメントと教育の場としてツアーを位置付ける
館内ツアーや冬イベントの運営は、従業員が自館の歴史や地域を学び、語る機会にもなります。観光業の人材育成テキストでも、地域の魅力を自分の言葉で説明できることがホスピタリティ向上につながるとされています。
親湯温泉のような取り組みを導入する際には、
- ツアーの台本づくりをスタッフと一緒に行う
- 理解度に応じて案内パートを分担する
- 宿の「好きなポイント」を共有し合う場をつくる
といったプロセスを通じて、従業員エンゲージメントの向上に結びつけていくと良さそうです。
インバウンドや多様な食習慣への配慮をあらかじめ組み込む
冬の親湯温泉のような施策は、インバウンドやベジタリアン・ヴィーガン、ムスリムなど、多様な食習慣を持つゲストにも魅力的なコンテンツになり得ます。その際、
- 提供する飲食にノンアルコール・ベジ対応の選択肢を用意する
- 英語などでの簡単なメニュー説明やアレルギー表示を整備する
- ツアーやイベントの案内文を多言語化する
といったポイントを押さえておくと安心です。観光庁のガイドでは、「完璧な対応」よりも「できる範囲での情報開示と選択肢の提示」が第一歩として推奨されていますので、親湯温泉のような新しい体験設計と並行して、受け入れ体制の見直しも進めていくとよいでしょう。
親湯温泉の事例から学べるポイントのまとめ
- 親湯温泉のように、自館の歴史や蔵書ラウンジなどの資産を掛け合わせることで、「冬の静けさ」と親和性の高いオフシーズン向けコンセプトをつくることができます。
- 冬の平日限定の無料特典や館内ツアーは、価格を大きく下げずに親湯温泉のような集客フックを用意する方法として、自館でもアレンジしやすい取り組みではないでしょうか。
- 地域事業者とのコラボイベントや体験プランは、滞在価値の向上と地域経済への貢献を同時に叶えられるため、少しずつでも試してみる選択肢があります。
- インバウンドや多様な食習慣への配慮、スタッフ教育と組み合わせて親湯温泉のような施策を進めておくと安心です。
親湯温泉を運営する企業情報
- 会社名:合資会社 親湯温泉
- 所在地:長野県茅野市
- 代表者名:代表取締役 柳澤幸輝
- 事業内容:長野県の蓼科と上諏訪で3つの温泉宿を運営しているとしています。
- 創業大正十五年 蓼科 親湯温泉
- 上諏訪温泉しんゆ
- 萃sui-諏訪湖
- 公式サイト:
親湯温泉や冬の観光に関する参考資料
- 観光庁『旅館向け インバウンド受入ポイント集』
- 観光庁『ベジタリアン・ヴィーガン/ムスリム旅行者おもてなしガイド』
- 観光庁『世界的潮流を踏まえた魅力的な観光コンテンツ造成のための基礎調査事業 調査報告書』
- 観光庁『宿泊事業者における経営改善マニュアル 生産性向上のためのハンドブック』
- 観光庁『宿泊施設向け 国際基準に対応した持続可能な観光にかかる取組事例集』
出典:PR TIMES『太宰治も訪れた宿で【100年の歴史を歩く】館内ツアー開始《避暑だけでない》蓼科の冬の魅力を、全国に伝える創業百年・老舗宿の挑戦』https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000053.000049106.html


