コロナ禍を含む厳しい環境の中でも、各地で観光地域づくりを進めてきたDMOの取り組みをまとめたのが、観光庁の「令和2年度 重点支援DMO取組事例集」です。
現場の感覚だけでは見えにくい「うまくいっている地域の共通点」や、「どこから手を付ければよいか」といったヒントが整理されていると言えます。
とはいえ、PDFが複数に分かれていてボリュームもあり、忙しい宿泊業の現場からすると「どこから読めばいいのか」が分かりづらい資料でもあります。
この記事では、重点支援DMO取組事例集の構成と特徴を整理し、ホテル・旅館など宿泊業の立場から、どのように読むと実務に生かしやすいかを解説します。
重点支援DMO取組事例集とは何か
重点支援DMOという位置づけ
観光庁は、観光地域づくり法人(DMO)の中から、特に重点的に支援を行う法人を「重点支援DMO」として選定し、補助金や専門家派遣など多面的なサポートを行っています。
令和2年度の重点支援DMO取組事例集は、その支援の成果やベストプラクティスを整理した事例集です。
DMOは、観光地域づくりの司令塔として、次のような役割を担うことが期待されています。
- 地域の多様な関係者(宿泊・飲食・交通・小売・自治体など)をつなぐ
- データをもとに戦略を立て、マーケティングを行う
- 観光と地域の暮らしのバランスを取りながら、持続可能な観光地をつくる
重点支援DMOは、その中でも「より一歩踏み込んだ取り組み」をしている団体と言えます。
3つのPDFで構成される事例集
令和2年度 重点支援DMO取組事例集は、次の3つのPDFで構成されています。
ざっくり言うと、
- 令和2年度重点支援DMOベストプラクティス一覧(PDF):
- どのDMOが重点支援の対象となり、どんなテーマで取り組んでいるかが一枚で分かる「索引」的な役割
- 令和2年度重点支援DMO取組事例[1][2]:
- 各DMOの課題、戦略、具体的な施策、成果・今後の方向性などをストーリーとして紹介する本編
という構成になっています。
まず一覧で「全体像」と「気になる地域」を確認し、その後で個別事例を読み込んでいくと無理なく活用できます。
冊子の構成とざっくりした読み方
1.ベストプラクティス一覧:入口として眺める
ベストプラクティス一覧(P1–4)では、重点支援DMOとして選ばれた法人名と、その取り組みの要点が一覧形式で載っています。
宿泊業の視点では、次のような観点で眺めてみると、自社に関係が深そうなDMOが見つけやすくなります。
- 地域特性が似ているか
- 温泉地、世界遺産エリア、都市型観光地、農山村など
- 自社と似た課題・テーマに取り組んでいるか
- インバウンド回復、2次交通、観光コンテンツ開発、デジタルマーケティング、人材不足対策など
- 宿泊業が主要プレーヤーになっていそうか
- 「温泉地全体でのブランドづくり」「宿泊滞在を軸にした周遊」などの記述があるか
ここで「自分たちと近い」と感じたDMOに印をつけておくと、そのあとのPDF本編を効率よく読めます。

2.取組事例[1][2]:ストーリーで理解する
取組事例[1][2]では、DMOごとに数ページずつ使って、
- 地域の概要と観光の位置づけ
- DMOの設立経緯や組織の特徴
- 直面していた課題
- 重点支援DMOとしての戦略・方針
- 具体的な施策(プロモーション、商品造成、データ活用、人材育成など)
- 結果として見えてきた変化や、今後の展望
といった流れで紹介がされています。
読み方のコツは、「そっくり真似できるか」を考えるのではなく、
- 自社や地域にも共通しそうな課題はどこか
- 打ち手のうち、規模を小さくしても取り入れられそうなものはどこか
- 自分たちだけでは難しそうだが、自治体やDMOと相談すれば一緒にできるかもしれないポイントはどこか
といった「自分ごとへの翻訳」を意識しながら読むことです。

宿泊・観光事業者が学びやすい3つの視点
事例集を宿泊業の立場で読むときに、特に意識しておきたい視点を3つに整理します。
1.データをどう現場のアクションにつなげているか
多くの事例で共通するのが、「データにもとづく観光地域づくり」です。
宿泊実績、予約サイトのデータ、観光統計、アンケート、SNS分析などを組み合わせ、
- どのエリアからの来訪が多いか
- どの季節・曜日に需要が偏っているか
- 滞在日数や一人当たり消費額に差がある客層はどこか
を可視化した上で、プロモーションや商品設計に反映しているケースが多く見られます。
宿泊施設単体でも、
- 自社の宿泊実績と、地域全体の統計を照らし合わせる
- OTAの分析機能や自社サイトのアクセス解析を、定例ミーティングで共有する
といった「まず見てみる」だけでも、事例集の考え方を取り入れやすくなります。
2.地域一体のコンテンツづくりとブランドづくり
事例集では、温泉、茶文化、巡礼、自然体験、食など、地域固有の資源を軸にしたコンテンツづくりの例が多数紹介されています。
共通しているのは、
- 宿泊だけで完結させず、地域全体の体験として設計していること
- 地元事業者や住民を巻き込み、ストーリー性のあるツアーやプログラムにしていること
- 日帰り・泊まり・リピートなど、さまざまな滞在パターンを想定していること
といったポイントです。
自社でできる範囲としては、
- 近隣事業者と小さな「周遊マップ」や「連泊特典」を作ってみる
- 既にある地域イベントや体験と、宿泊プランをセットにしてみる
といったところから着手していくのが現実的です。
3.受入環境の整備と「安心感」のつくり方
2次交通、多言語対応、キャッシュレス、Wi-Fi、防災・災害時情報など、受入環境に関する取り組みも多く取り上げられています。
宿泊業にとっては、
- 館内設備やサービスの改善だけでなく、地域全体としてのアクセス・案内・安全性をどう高めているか
- DMOsや自治体と連携して、災害や感染症など非常時の情報発信をどう整理しているか
といった視点で事例を眺めると、自社だけでは解決が難しいポイントも見えてきます。
実務での活用アイデア
重点支援DMO取組事例集を、日々の仕事の中でどう生かすかについて、具体的な使い方の一例を挙げます。
社内の勉強会・ディスカッションの材料にする
- ベストプラクティス一覧から、自社と近い地域・テーマのDMOを2~3つ選ぶ
- 事例本文を抜粋し、「課題」「打ち手」「学べるポイント」をA4一枚程度にまとめる
- マネジメント会議や企画会議で共有し、自社の状況と照らし合わせて意見交換する
このとき、「うちには無理だ」で終わらせず、「要素を分解してみると何なら出来そうか?」という聞き方をすると、前向きな議論になりやすくなります。
自治体・DMOとの打ち合わせ前に目を通す
- 打ち合わせ前に、その地域を担当しているDMOの事例がないかを確認する
- 事例集に掲載されている場合は、事前に読んでおき、共通の背景理解を持った状態で話し合いに臨む
「事例集の〇ページにあった取り組みに近いことを、自社でもご一緒できないか」
といった形で話を切り出すと、行政側・DMO側ともコミュニケーションが取りやすくなります。
新しい企画の「チェックリスト」として使う
新しい宿泊プランや地域連携企画を考えるときに、
- データにもとづいたターゲット設定ができているか
- 地域の他業種との連携が組み込まれているか
- 受入環境(アクセス、案内、安心・安全など)への配慮があるか
といった観点を、事例集から拾い出してチェックリスト化しておくと、抜け漏れの少ない企画づくりに役立ちます。
情報量が多い事例集を無理なく活かすコツ
重点支援DMO取組事例集は分量が多いため、「最初から最後まで通読する」のは現実的ではありません。無理なく活かすためには、次のような割り切り方がおすすめです。
- まずはベストプラクティス一覧だけざっと眺める
- 気になるDMOを3つ程度に絞り、そこだけ詳しく読む
- 毎年度、興味のある地域やテーマが変わったタイミングで別の事例を追加で読む
- 社内で共有する際は、「要約+自社への示唆」をA4一枚にまとめる
すべてを把握しようとするのではなく、「自分たちにとって意味のある一部」を丁寧に扱う、という発想のほうが、結果的に長く付き合える資料になります。
まとめ
- 令和2年度 重点支援DMO取組事例集は、観光庁が選定した重点支援DMOの取り組みをまとめた事例集で、観光地域づくりのベストプラクティスが整理されています。
- ベストプラクティス一覧で全体像と気になる地域を把握し、その後、取組事例[1]・[2]で個別のストーリーを追うと、宿泊業の立場からも読みやすくなります。
- データ活用、地域一体のコンテンツづくり、受入環境の整備といった視点で読み解くと、自社や地域で応用しやすいヒントが見つかります。
- 社内の勉強会や自治体・DMOとの打ち合わせ、新規企画のチェックリストづくりなど、部分的に取り入れるだけでも、日々の判断や対話の質を高める材料としてお役立ていただけます。

参考資料
- 観光庁「観光地域づくり・DMO(観光地域づくり法人)」
- 観光庁「令和2年度重点支援DMOベストプラクティス一覧(PDF)」
- 観光庁「令和2年度重点支援DMO取組事例[1](PDF)」
- 観光庁「令和2年度重点支援DMO取組事例[2](PDF)」


