観光庁が公開している「令和2年度 重点支援DMO取組事例集 ベストプラクティス一覧」は、全国の重点支援DMOの中から、象徴的な4つの取り組みを抜き出して紹介している資料です。
城崎温泉、熊野古道、下呂温泉、三陸・釜石という、いずれも宿泊と地域観光が密接に結び付いたエリアの事例が取り上げられており、ホテル・旅館の現場でも参考にしやすい内容になっています。
この記事では、このベストプラクティス一覧の要点を整理しつつ、宿泊業としてどこを意識すると自社や地域の取り組みに生かしやすいかを解説します。

重点支援DMOベストプラクティス一覧とは
観光庁は、観光地域づくり法人(DMO)のうち、特に重点的に支援する法人を「重点支援DMO」として選定し、補助事業や専門家派遣などの支援を行っています。
その中から、コロナ禍での危機対応や中長期的な観光地経営の工夫が際立つ4つの取り組みを「ベストプラクティス」として紹介しているのが、この一覧です。
取り上げられているのは、次の4つのDMOです。
- 一般社団法人 豊岡観光イノベーション(城崎温泉・豊岡市エリア)
- 一般社団法人 田辺市熊野ツーリズムビューロー(熊野古道エリア)
- 一般社団法人 下呂温泉観光協会(下呂市エリア)
- 株式会社かまいしDMC(釜石市エリア)
いずれも、宿泊を核にしながら「地域ぐるみの対応」「データ活用」「サステナビリティ」といったテーマに取り組んでいるのが特徴です。
4つのベストプラクティスの概要
城崎温泉・豊岡観光イノベーション:感染症対策と地域経済を両立
豊岡観光イノベーションの事例では、コロナ禍における総合的な対応が整理されています。
主なポイントは次の通りです。
- 行政・民間の支援策がバラバラに出てくる中で、「支援策まとめ」をウェブで一元的に発信
- 城崎温泉全体に通用する感染症対策ガイドラインを策定し、その後、豊岡市全体版も整備
- 感染症対策認証制度「CLEAN and SAFE TOYOOKA」を立ち上げ、観光関連施設が取得できる仕組みを用意
- 「STAY豊岡」「EAT豊岡」「BUY豊岡」といった地域経済支援の取り組みで、この認証取得を参加条件とすることで、感染症対策と消費喚起をセットで進めた
宿泊業の視点では、「街全体としての共通ルール」と「個別事業者の認証」を組み合わせて、安心感と賑わいを両立させている点が参考になります。
熊野古道・田辺市熊野ツーリズムビューロー:一人旅×地域課題を組み合わせた商品づくり
田辺市熊野ツーリズムビューローの事例は、新しい生活様式を踏まえたコンテンツ造成と、クラウドファンディングの活用が紹介されています。
主なポイントは次の通りです。
- 密を避けられる「一人旅」をキーワードに、熊野古道ウォークと里山の体験を組み合わせたプランを造成
- 里山の産業課題や地域の取り組みを体験に組み込み、「信仰文化と持続可能な観光」などをテーマにしたコンテンツを展開
- ターゲットとして「女子旅」「日本在住の外国人」「登山・アウトドア愛好家」などを想定し、インフルエンサー動画などで情報発信
- 熊野古道を次の1000年につなぐことを掲げたクラウドファンディングを実施し、目標200万円に対して約308万円の支援を集めた
宿泊業にとっては、「宿泊+体験」の組み合わせによる滞在価値の向上と、クラウドファンディングを通じたファンづくりの両面で示唆が多い事例です。
下呂温泉・下呂温泉観光協会:「E-DMO」とデータドリブンな地域運営
下呂温泉観光協会の事例は、エコツーリズムとDMOを組み合わせた「E-DMO」の取り組みと、デジタルマーケティングによるPDCAサイクルが特徴です。
主なポイントは次の通りです。
- 全宿泊施設の宿泊データ、ウェブのアクセスデータ、CRMなどを分析し、月次のマネジメント会議で共有
- データにもとづいてターゲットとチャネルを選び、キャンペーン、メディア露出、ウェブ広告などを実施
- アクセス解析などで効果を検証し、翌月の施策にすぐ反映する「高速PDCA」を実現
- 市民参加型の「宝探し事業」を通じて2,700件以上の観光資源を掘り起こし、フェノロジーカレンダー(季節ごとの旬が分かる一覧)を作成
- 体験プログラムの充実により、コロナ禍でも体験商品の販売が宿泊客数と同様の推移をしたとされている
宿泊業としては、「日単位で宿泊動向を把握する基盤」と「地域全体でのデータ共有・意思決定」の重要性がよく分かる事例です。
三陸・釜石・かまいしDMC:地域商社機能を活かしたサステナブルな観光地経営
かまいしDMCの事例は、地域商社事業で得た収益を観光地経営に再投資し、持続可能性を高めている点がポイントです。
主な内容は次の通りです。
- 地元の食文化を生かしたオリジナルジェラートの開発・販売や、オンラインショップでの特産品販売を展開
- 観光の現場に世界持続可能観光協議会(GSTC)の考え方を取り入れ、「誇りを持つ市民の割合」「観光教育の実施回数」「プラスチックを減らすイベント回数」などをKPIとして設定
- 復活が望まれていた観光船を、漁船を活用した遊覧船として再構築し、旅行者のニーズと漁業者の収入、観光施設の運営費を同時に支える仕組みをつくった
宿泊業の立場からは、「物販や体験事業を通じて地域内でお金を循環させ、その一部を観光地の維持管理に回す」という発想が参考になります。
宿泊業がベストプラクティスから学べる共通ポイント
4つの事例を並べて見ると、エリアもテーマも違うにもかかわらず、共通するポイントがいくつか見えてきます。
地域ぐるみの「ルール」と「安心感」の設計
城崎温泉や豊岡の取り組みでは、街全体のガイドラインや認証制度を整えたうえで、キャンペーン参加条件にも組み込んでいます。
- 個々の宿の取り組みだけでなく、「温泉街全体でどう見えるか」を意識している
- 認証を通じて、観光客と事業者の双方に分かりやすい安心感を提供している
という点は、他の観光地でも応用しやすい考え方です。
体験価値とターゲットを明確にした商品設計
熊野の事例では、「一人旅」「女子旅」「アウトドア愛好家」といったターゲットを明確にし、その人たちに届く体験価値を丁寧に設計しています。
宿泊業としても、
- 誰に来てほしい企画なのか
- その人が「ここに泊まる理由」となる体験は何か
を意識してプランづくりをすることで、価格競争だけに頼らない打ち手が見えやすくなります。
データを活用した「速い意思決定」
下呂温泉の事例では、日単位で宿泊者数の動きを把握し、月次の会議でデータを共有しながらプロモーション戦略を決めています。
- 感覚ではなくデータを前提に会話する
- 効果検証をして、次の一手を素早く決める
というサイクルは、宿泊施設単体の販売戦略にもそのまま活かせる考え方です。
サステナビリティを「指標」と「収益モデル」で支える
かまいしDMCは、GSTCの考え方を取り入れながら、具体的な指標と収益をセットで設計しています。
- 何をもって「持続可能」と言えるのかを、KPIとして可視化
- 地域商社事業の売上の一部を観光資源の維持管理に回す
といった仕組みは、宿泊業でも、自社の追加事業や地域連携の方向性を考えるうえでヒントになるはずです。
宿泊業での具体的な活かし方
社内の企画・戦略検討の材料として
- 4つの事例のうち、自社と特性が近いエリアを1~2つ選ぶ
- 「課題」「戦略」「具体策」「成果」の4つに分けて要点をまとめる
- 自社や地域の現状と照らし合わせ、「似ている点」「違う点」「真似できそうな要素」を洗い出す
こうした整理をしたうえで、マネジメント会議や企画会議で共有すると、議論の出発点をそろえやすくなります。
自治体・DMOとの対話の共通言語として
- 打ち合わせ前に、関係するDMOの事例がベストプラクティスに載っていないかを確認する
- 掲載されている場合、その取り組みを前提に「次の一歩」を一緒に考えていく
という使い方も有効です。
「観光庁の重点支援DMO取組事例集 ベストプラクティス一覧にあるような取り組みを、自分たちの施設としてどう支えていけるか」という切り口で話をすると、行政側・DMO側もイメージしやすくなります。
新しいプランづくりや投資判断の参考にする
- 一人旅・女子旅・アウトドアなど、ターゲット・テーマの設定の仕方
- データ分析やCRM、体験商品の開発にどの程度投資しているかの感覚
- サステナビリティを意識した商品・サービスの作り方
といった観点で、ベストプラクティスに出てくるアイデアを、自社の規模やフェーズに合わせて「縮小コピー」してみるイメージで活用すると、現実的な打ち手を考えやすくなります。
まとめ
- 「令和2年度 重点支援DMO取組事例集 ベストプラクティス一覧」は、城崎温泉、熊野古道、下呂温泉、三陸・釜石という4地域の取り組みをコンパクトに整理した資料です。
- 地域ぐるみのガイドラインや認証、一人旅を起点にしたコンテンツづくり、データを軸にした高速PDCA、地域商社機能を通じたサステナブルな観光地経営など、宿泊業にも直結するテーマが多く含まれています。
- 自社や地域の状況と照らし合わせながら、「何をそのまま取り入れられるか」「どこを小さく試せるか」を考えることで、日々の企画や投資判断、行政・DMOとの対話の質を高めるヒントになります。
- 全てを完璧に理解する必要はなく、まずは4つの事例のうち気になる1つから読み進め、少しずつ自分たちの取り組みに結びつけていくことが現実的な活用方法と言えます。




