観光庁がとりまとめた「令和2年度 重点支援DMO取組事例集」は、全国32のDMOがコロナ禍の中でも地域観光の底上げに取り組んだ内容を整理した資料です。
宿泊業や観光業に携わる方にとっては、「うちの地域では何から手を付けるべきか」「DMOとどう組めば良いか」を考えるうえで、具体的なヒントが詰まった事例集と言えます。
この記事では、膨大な取組事例の一つひとつを解説するのではなく、共通して見えてくる「パターン」と、宿泊・観光事業者の立場から押さえておきたいポイントを整理します。


重点支援DMO取組事例集とは?
「重点支援DMO」は、ポスト・コロナを見据えて、観光資源の磨き上げや受入環境整備などに意欲的に取り組むDMOの中から、観光庁が選定した32法人です。観光庁や地方運輸局が現地支援や補助事業の活用支援などを行い、世界に誇れる観光地づくりを後押ししています。
取組事例集では、それぞれのDMOについて
- 地域の概要・強み
- 課題の背景
- 重点支援DMOとしての優先課題
- 観光庁の支援を活用した具体的な取組
- 今後の展開・コメント
といった構成でまとめられています。
読み進めると、地域ごとの差はありながらも、共通するテーマがいくつか浮かび上がってきます。
事例集に共通する4つのテーマ
1. データに基づくマーケティングと戦略づくり
多くの事例で目立つのが、「データ利活用」と「マーケター人材」の育成です。
例えば、下呂温泉観光協会の事例では、50年にわたる宿泊調査データに加えて、Webアクセス解析やデジタルプロモーションを組み合わせ、毎月のマネジメント会議で市場変化を踏まえたプロモーション戦略を検討しています。
観光庁の支援により宿泊施設と連携したデータ収集・分析の仕組みを整え、毎日データを確認できる体制を構築したことも紹介されています。
別の事例では、「データ分析・戦略立案・効果検証ができる人材」の不足を課題と位置づけ、ワークショップを通じてマーケター人材の育成に取り組む計画も示されています。
宿泊・観光事業者にとってのポイント
- 「勘と経験」だけではなく、宿泊実績や予約データ、WebアクセスなどをDMOと共有し、地域全体で分析する流れが強まっている
- 施設側にも、最低限のデータの読み方やKPIの感覚を持つ人材がいると、DMOとの会話がスムーズになりやすい
2. 滞在時間と消費額を伸ばすコンテンツ造成
多くの地域が、「日帰り比率の高さ」「滞在時間の短さ」「体験コンテンツ不足」を課題に挙げています。
香川県観光協会の事例では、訪日外国人の消費単価が他地域に比べて低く、その要因として日帰り客の割合の高さや、宿泊・体験コンテンツの不足が指摘されています。
これに対して、新たな体験コンテンツの造成やOTAでの販売強化を通じて、滞在時間と消費額の増加を目指す取組が計画されています。
また、徳島県西部の事例では、「自然景観や宿泊・食事の満足度は高いが、体験プログラム・ツアーのブラッシュアップが必要」という認識のもと、体験コンテンツの充実による再来訪意向の向上を図っています。
宿泊・観光事業者にとってのポイント
- 「宿泊+体験」「宿泊+食+文化体験」といった組み合わせで、1泊の価値を高める視点が重要
- 自施設単体ではなく、周辺エリアと組み合わせた滞在プランづくりに、DMOと共に取り組む余地が大きい
3. 国内需要とインバウンドの両にらみ
コロナ禍の中でも、多くのDMOが「国内旅行者向け」と「将来のインバウンド再開」を両方意識した施策を組み立てています。
香川県の事例では、国内向けには県独自の体験コンテンツをOTAに掲載し、インバウンド向けには四国遍路をテーマに宿泊や街歩きを組み合わせた滞在型コンテンツを開発し、他エリアへの横展開も視野に入れています。
城崎温泉を擁する豊岡観光イノベーションの事例では、周辺地域への誘客や、密を避けられるオプショナルツアーなど新しいニーズに応えるコンテンツ造成、さらに海外向けWebサイト「Visit Kinosaki」を基盤としたデジタルマーケティングの強化に取り組んでいます。
宿泊・観光事業者にとってのポイント
- しばらく国内需要が中心でも、インバウンド再開を見据えた情報発信や受入体制づくりは同時並行で進められている
- 自施設の強みが「国内のファミリー向け」「欧米富裕層向け」など、どのセグメントと相性が良いかを整理しておくと、DMOとの商品開発が進めやすい
4. ガイド・地域住民・事業者を巻き込んだ人材育成
事例集には、ガイド育成や地域住民・事業者向けの研修に力を入れる取組も多数掲載されています。
あるDMOでは、有償ガイド育成の研修とモニターツアーを実施し、今後はMICEのプレ・ポストプログラムにも対応できる体験型商品の案内や、旅マエ・旅ナカでのマッチングの仕組みづくりを進める計画が示されています。
また、別の地域では、地域住民や事業者を対象としたセミナー・研修のほか、小学生向けの教育プログラムを通じて地域ブランドの理解を深める取組も行われています。
宿泊・観光事業者にとってのポイント
- 地域全体で「おもてなしの質」を上げるため、ガイドやスタッフ向けの研修機会が増えている
- 宿泊施設のスタッフがこうした研修に積極的に参加することで、体験商品の案内力や地域理解が高まり、クチコミやリピーターの増加につながりやすい
宿泊・観光事業者が押さえておきたい3つの視点
1. 「データを一緒に見る」パートナーとしてDMOと付き合う
事例集では、宿泊施設の予約状況や来訪者の属性データをDMO側で集約・分析し、プロモーションや商品の改善に活かしているケースが多く見られます。
まずは
- 自施設でどんなデータが取れているか(予約経路、客層、滞在日数など)
- DMOとどのように共有できるか
を整理し、「データを一緒に見るパートナー」として関係性を築くことが重要です。
2. 「地域全体の体験づくり」に自社の強みを乗せる
多くのDMOが、「体験コンテンツのブラッシュアップ」や「周遊滞在モデルづくり」に取り組んでいます。
宿泊施設としては、
- 自社の強み(温泉、食、ロケーション、ストーリー性など)を言語化する
- 近隣の事業者と一緒にどんな滞在プランが組めるかアイデアを出す
- DMOの公募や補助事業の機会に合わせて、企画を持ち込む
といった動きを意識すると、地域全体の取組の中に自然に組み込まれやすくなります。
3. 研修・ガイド育成への参加で「地域の顔」を増やす
ガイドやスタッフ向けの研修は、単にスキルアップの場というだけでなく、地域内のネットワークづくりにもつながります。
- DMOや自治体が開催する研修案内をこまめにチェックする
- 若手スタッフにも積極的に参加してもらい、地域の「顔」を増やす
- 研修で得た知見を館内の接遇や情報発信に反映する
といったサイクルを意識すると、施設全体の魅力向上にもつながります。
まとめ
令和2年度の「重点支援DMO取組事例集」は、コロナ禍という厳しい状況の中でも、各地域が前向きに試行錯誤を重ねた記録です。
- データに基づくマーケティングと人材育成
- 滞在時間・消費額を伸ばす体験コンテンツづくり
- 国内需要とインバウンド双方を見据えた商品・情報発信
- ガイドや地域住民を巻き込んだ人材育成とネットワークづくり
といった共通テーマは、規模の大小にかかわらず、多くの宿泊・観光事業者に共通するヒントと言えます。
自地域のDMOがどのような課題と取組を挙げているかを確認しつつ、「自社としてどこに関わるのが良さそうか」を考えながら事例集を読み進めていくと、具体的な次の一手が見えやすくなるはずです。

参考資料
- 観光庁「令和2年度重点支援DMO取組事例集(トップページ)」
- 観光庁「令和2年度重点支援DMO取組事例[1]」
- 観光庁「令和2年度重点支援DMO取組事例[2]」


