ホテル業界分析

第2章 ホテルの顧客価値|ベースライン・体験・ブランドの三階層モデル

ホテルの顧客価値は「ベースライン・体験・ブランド」の三階層で成り立ちます。本記事では各階層の役割と因果関係、改善の優先順位を体系的に解説し、収益向上につながる実務的視点を詳しくまとめています。
CoCoRo編集部
この記事の目次
  1. 顧客価値とは何か:ホテル事業の“起点”となる価値構造
  2. ベースライン価値:清潔・安全・快適性という“欠けると崩壊する”基盤
  3. 体験価値:接客・動線・心理が生む“滞在の質”
  4. ブランド価値:世界観・物語・信頼がつくる“選ばれる理由”
  5. 三階層の因果関係:ベースライン → 体験 → ブランドの必然的な順序
  6. 顧客価値の改善方法:三階層それぞれの改善アプローチ
  7. まとめ|顧客価値の三階層はホテル事業すべての起点である

顧客価値とは何か:ホテル事業の“起点”となる価値構造

ホテル事業の構造を理解するためには、まず最初に「顧客価値」を扱う必要があります。顧客価値は、宿泊者がホテルに滞在した際に受け取る体験の総体であり、ホテルがどれだけ魅力的に見えるか、またどれほどの価格で受け入れられるかに直接影響します。ホテルの収益や資産価値は、この顧客価値の延長線上で形成されるため、顧客価値が事業全体の最上流工程に位置づけられることになります。

顧客価値がホテル事業の最上流工程である理由

ホテルにおける価値は、最終的には宿泊者の体験として統合されます。
清掃、接客、設備管理、レストラン運営など、ホテル内のあらゆる部門が日々の業務を担当していますが、宿泊者はそれらを単体で評価するのではなく「滞在体験全体」として受け取ります。つまり、どれか一つの部門が優れていても、別の領域で不安や不快が生じると全体評価は下がりやすくなります。

このような構造から、顧客価値はホテル事業において最上流に位置すると考えられます。マーケティング施策や価格戦略のような下流の取り組みは、上流の顧客価値が安定していてこそ結果が伴います。

顧客価値 → 収益価値 → 資産価値の因果構造

ホテル事業における価値は、次の順序で流れていきます。

  1. 顧客価値(体験の質)
  2. 収益価値(売上・効率・利益)
  3. 資産価値(NOI・投資評価)

顧客価値が高ければ、口コミ評価や再訪率が向上し、単価の維持や稼働の安定が期待できます。結果として RevPAR や NOI が改善し、ホテル全体の資産価値が高まりやすくなります。この連動構造は、ホテルが他のサービス業とは異なる「価値の積層モデル」であることを示しています。

顧客価値が誤ると収益も資産価値も成立しない

顧客価値が十分に積み上がっていない状態では、売上や投資評価が安定することは難しくなります。
たとえば単価を引き上げようとしても、体験が伴わなければ顧客は納得しにくく、結果として割引依存になりやすくなります。広告費を増やして認知を広げても、滞在価値が不足していれば定着にはつながりません。このように、顧客価値が不十分なまま戦略を強化しようとすると、運営の効率が悪化する場合があります。

ホテル体験を“階層”で扱う必要性

顧客価値は一つの要素ではなく、複数の価値が階層的に積み上がることで成立します。
清潔・安全・快適といった基盤価値と、接客や心理的印象が生む体験価値、そしてブランドとしての統一感や信頼性から生まれるブランド価値は、それぞれ別の領域に属しており、同一視することはできません。
階層を分けて考えることで、改善の優先順位が明確になり、現場の取り組みも整理されやすくなります。

顧客価値の主な測定指標(満足度・NPS・口コミ)

顧客価値を測定するためには、複数の指標を併用することが有効です。

  • 顧客満足度(CS)
  • NPS(推奨度)
  • 口コミ評価(OTAレビューなど)
  • 再訪率・紹介率

特に口コミは改善の結果が最も早く表れやすい指標です。収益の変化より先に動くことが多いため、顧客価値の初期変化を捉えるうえで重要な数値になります。また、顧客満足度(CS)、NPS(推奨度)、再訪率・紹介率は指標として収集しづらい、サンプル数が少なくなりやすいなどの点があり、口コミが量・質が伴った指標として最も扱われやすい指標になります。


ベースライン価値:清潔・安全・快適性という“欠けると崩壊する”基盤

ベースライン価値とは、ホテル体験の中で「最低限できていてほしい」と感じられる基礎的な価値です。この領域は顧客にとって評価の対象になりにくい一方、欠けると強い不満につながる特徴があります。ベースラインが不十分な状態では、どれだけ体験価値やブランド価値を高めても顧客の受け取る満足度は伸びにくくなります。

ベースライン価値の定義と役割

ベースライン価値は「満足を生み出す」というより、「不満を防ぐため」に最低限必要な価値と整理できます。
ホテル利用者は清潔で安全であることを前提として滞在するため、この部分に不備があるとホテル全体の評価が大きく下がりやすくなります。

清潔性:清掃品質・SOP・確認プロセス

清潔性はベースライン価値の中心となる領域です。客室の清掃は単に見た目の問題ではなく、衛生・健康・安心感にも影響します。
そのため、清掃には以下のような観点が求められます。

  • 清掃手順(SOP)の明確化
  • 外注スタッフの品質管理
  • チェック体制の整備
  • 清掃後の最終確認プロセス

清潔性は「良い」よりも「悪い」の影響が圧倒的に大きく、わずかな不備でも口コミに強い影響を与えるため、最初に整えるべき領域になります。

安全性:防災・セキュリティ・設備点検

安全性もベースライン価値の一部であり、ホテルで過ごす時間を安心して楽しむための大前提です。
安全性には次のような要素が含まれます。

  • 防災体制(避難経路の確保、訓練)
  • 館内のセキュリティ管理
  • 建物や設備の点検
  • トラブル発生時の対応フロー

安全性が不十分なホテルは、顧客価値以前に滞在の前提が揺らいでしまうため、優先順位の高い改善領域として扱われます。

快適性:温度・湿度・防音・照度

快適性は「過ごしやすさ」を左右する要素です。
空調の調整しやすさ、湿度管理、館内の静けさ、照明の明るさなど、滞在における身体的な快適さは顧客の印象を大きく左右します。
特に空調の操作性や防音は不満になりやすいため、ホテルのハード面を考えるうえで重要な領域になります。

“満足を生まないが、不満を確実に生む”特徴

ベースライン価値の特徴は、「できていても評価されにくい」が「欠けると強い不満につながる」という点です。
つまり、努力が見えにくい領域ですが、最も優先して整える必要があります。

ベースライン価値が他の価値階層を支える理由

ベースラインが整っていない状態では、体験価値もブランド価値も成立しづらくなります。
どれだけ接客が良くても、客室が不衛生であれば満足度は下がります。
ブランドの世界観が魅力的でも、安全性に不安があれば再訪にはつながりません。
このように、ベースライン価値は上位階層の価値を支える基盤として重要な役割を果たします。


体験価値:接客・動線・心理が生む“滞在の質”

体験価値は、顧客がホテル滞在中に感じる「良さ」の中心となる価値です。ベースライン価値が整っていることを前提に、接客・動線・心理的印象がどのように体験の質を形づくるかが重要になります。

体験価値とは「滞在中の感情と行動」の総体

体験価値は顧客満足度のほぼ全てと言い換えることもでき、滞在中に顧客がどのような感情を抱き、どのような行動をとったかによって形成されます。
「心地よい」「ここにして良かった」といった感情が生まれることで、満足度や口コミにつながりやすくなります。

接客価値:安心感・丁寧さ・プロフェッショナリズム

接客は体験価値の中心であり、スタッフの対応はホテルの印象を大きく左右します。
安心感をもたらす丁寧なコミュニケーション、プロフェッショナルな立ち居振る舞い、気配りのある説明などは、体験価値を高める重要な要素になります。

動線価値:迷わない・待たせない・滞在ストレスの削減

動線価値とは、ホテル内を移動する際の負担を最小限にする価値です。
分かりやすい案内表示、チェックイン・チェックアウトのスムーズさ、館内の混雑管理など、顧客が“迷わない・待たない”ように設計されていることが体験価値を高めます。

心理価値:落ち着き・余白・自己一致感

心理価値とは、空間や接客から受け取る「心の余裕」や「落ち着き」の感覚です。
ホテルの世界観や照明、音、香りなどが調和していると、心理的な満足度が高まりやすくなります。

体験価値が“再訪意向と口コミ”を決める理由

体験価値は、「また来たい」「良かった体験を紹介したい」という行動につながりやすい価値です。
再訪意向や口コミは、収益の安定に大きく貢献するため、体験価値の強化は重要な取り組みになります。


ブランド価値:世界観・物語・信頼がつくる“選ばれる理由”

ブランド価値は、顧客価値の最終形といえる領域です。
「このホテルだから選ぶ」という指名理由につながり、価格競争を避けるための重要な価値になります。

ブランド価値は“顧客価値の最終形”である

ブランド価値は、ベースライン価値と体験価値が積み重なった結果として形成されます。
上位の価値であるため、短期間でつくることは難しく、日々の一貫した運営が求められます。

世界観の統一:空間・デザイン・接客の整合

ホテルの世界観が統一されているかどうかは、ブランド価値に直結します。
内装、言葉遣い、音楽、照明、アメニティなどが調和していると、ホテルの個性が明確になります。

物語性(ストーリー)がブランド価値を補強する

地域の歴史やホテルの理念、創業ストーリーなどが明確に言語化されていると、顧客の記憶に残りやすくなり、ブランド価値が高まります。

信頼性:期待を裏切らない一貫した体験

ブランド価値の中心にあるのは「期待どおりの体験が得られる」安心感です。
口コミや過去の滞在で抱いた期待を安定して満たすことで、指名理由が強まります。

ブランド価値がADR(単価)を押し上げる構造

ブランド価値が高いホテルは、「価格ではなくホテルそのもの」で選ばれやすくなるため、単価設定に強さが生まれます。

また、ブランド価値は、体験価値にて顧客に生じた再訪意向を再訪行動に変えるトリガーでもあり、自身の満足を他社にも紹介し喜び(満足)を共有したいという行動(NPS)に変えるトリガーでもあります。

既存顧客の再訪と新規顧客からの選択を生みやすくなるブランド価値の向上は、需要が安定するため、稼働率にも好影響を与えます。


三階層の因果関係:ベースライン → 体験 → ブランドの必然的な順序

顧客価値の三階層は、順序に必然性があります。
ベースラインが整い、体験価値が生まれ、結果としてブランド価値が形成されます。

ベースラインが崩れると体験価値は絶対に成立しない

土台となる清潔・安全・快適性が不十分な場合、どれだけ接客が優れていても体験価値は安定しません。
順序を無視した改善は成果につながりにくくなります。

体験価値が高くなるほどブランド価値が形成される

体験価値はブランド価値の材料と言えます。
日々の体験の積み重ねが「安心感」「世界観」「指名理由」として定着していきます。

ブランド価値が上がることで単価・稼働が向上する

ブランド価値は顧客の迷いを減らすため、価格に対する納得感が生まれやすくなります。その結果、単価や稼働が安定し、収益に好循環が生まれます。

三階層は“同時改善”ではなく“順番改善”が鉄則

すべてを一度に改善するのではなく、まずベースライン、その次に体験価値、最後にブランド価値という順番で改善を進めることが現実的で効果的です。

各価値の改善優先度と投資配分の考え方

改善には予算と時間が必要です。
限られた資源を適切に配分するためには、三階層の順番に沿って優先順位を決めることが重要になります。


顧客価値の改善方法:三階層それぞれの改善アプローチ

ここでは三階層ごとの改善方法を整理します。


● ベースライン価値の改善(清潔・安全・快適性)

清潔性:清掃SOP・外注管理・検証制度

清掃手順の標準化、外注スタッフとの品質すり合わせ、最終確認プロセスなどが重要になります。

安全性:防災体制・設備点検・セキュリティ

避難経路、設備点検、館内巡回など、安全性に対する日常的な取り組みが求められます。

快適性:温湿度・照度・騒音・老朽化対応フロー

ハード面の改善が必要になる領域で、設備投資とのバランスを考えながら進めていく必要があります。

“現場で改善できる部分”と“設備投資領域”の切り分け

簡易な改善は現場で対応できますが、老朽化や空調の問題などは設備投資が必要になるため、切り分けが重要です。


● 体験価値の改善(接客・動線・心理)

接客:トレーニング・ケーススタディ

トレーニング、ロールプレイ、ケーススタディなどが有効です。現場知のスタッフ間共有の機会を作ることも良い手段です。

動線:UX的導線設計・待ち時間の最適化

館内移動のストレスを減らすため、掲示物の見直しや受付フローの最適化が求められます。フロント、朝食などに生じやすい待ち時間も、顧客ストレスを低減する運用面の工夫も有効です。

心理:安心感・自分らしさ・空間心理

安心できる空間設計、照明や香りの調整など、心理的な側面も重要になります。

期待値管理(事前説明・ギャップコントロール)

事前の案内や説明を工夫することで、滞在中のギャップを減らし不満を防ぎます。


● ブランド価値の改善(世界観・物語・一貫性)

世界観:デザイン・文体・トーンの統一

デザイン、接客態度、館内アートなどが統一されていると、ブランドとしての一体感が高まります。

物語性:歴史・地域・コンセプトの言語化

ホテルや地域の背景を物語として伝えることで、顧客の記憶に残りやすくなります。

一貫性:館内・オンライン・接客の統合

オンラインの世界観と実際の体験が一致していることが重要です。

ブランド価値は“顧客体験の総和”として形成される

ブランド価値は単独の施策ではなく、日々の体験の総和として積み上がるものです。


● 現場と経営の認識を揃える方法

KGI(ブランド × ADR × 稼働 × NOI)

ホテルの最終的な価値は、ブランド、単価、稼働、利益の総合で判断されます。

KPI(口コミ・再訪・満足度)

現場が追うべきKPIは、口コミ、満足度、再訪率など顧客価値に近い指標になります。KPI単体を追いかけるより、KPIを達成した際に、将来的にどのKGIに影響を与えるかの理解度を上げることも重要です。

例)KPI:クチコミの評価・投稿数の増加 → KGI:稼働

共有すべき数字の優先順位

KGIとKPIのバランスを取りながら、どの数値を優先して改善するか明確にする必要があります。また、優先順位を結果だけではなく、優先順位を付けた理由をマネージャー⇔メンバー間で共有できると、より数字への意識が強固になります。

改善を定着させる会議構造

数値を見ながら改善を継続するためには、会議体の設計が重要になります。


● 改善の成果は“まず口コミに現れる”

口コミが最も早い変化指標

改善はまず口コミに反映されることが多く、収益に反映するには時間が必要です。

数字への反映はその後

口コミ改善 → 予約転換率の向上 → 単価の改善 → 収益改善という順序を辿りやすくなります。

改善の成否判断の正しい見方

短期の売上だけで判断せず、口コミの傾向と組み合わせて評価することが重要になります。


まとめ|顧客価値の三階層はホテル事業すべての起点である

顧客価値の三階層は、ホテル事業の根幹を形づくる構造です。

  • 三階層は階段状にしか積み上がらない
  • ベースライン → 体験 → ブランドの因果関係がある
  • 顧客価値の強化は収益価値・資産価値へ連動する
  • この体系を理解すると改善の順序が明確になる

次章では、最初の階層である「ベースライン価値」をより詳細に分解し、現場での改善方法を具体的に掘り下げていきます。

CoCoRo編集部
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