エッセイ

なぜ日本人は温泉に惹かれるのか?文化と風習から読み解く温泉の本質

日本人と温泉文化の深い関係を解説。禅・自然との共生・タトゥー問題まで、多様性時代の温泉の魅力を探る。
CoCoRo編集部
この記事の目次
  1. はじめに:温泉は日本人にとって“特別”な存在
  2. 第1章:日本の地形と四季が生んだ温泉の豊かさ
  3. 第2章:歴史の中の温泉――古代から現代まで
  4. 第3章:癒しと治療の場――湯治文化とは何か?
  5. 第4章:Zen(禅)と温泉――心を整える日本の癒し体験
  6. 第5章:共同体とマナー――裸文化と社会性
  7. 第6章:「タトゥー禁止」の背景と変わりゆく価値観
  8. 第7章:温泉の泉質と効能――自然の恵みに癒される
  9. 第8章:湯上がりの楽しみ――牛乳、雪見酒、そして風呂上がり文化
  10. 第9章:未来に受け継がれる温泉文化――共生・多様性・国際化(シンプル版)
  11. おわりに:未来の温泉は、より開かれた癒しの場へ

はじめに:温泉は日本人にとって“特別”な存在

日本列島には3,000を超える温泉地が存在し、湧出する源泉の数は世界でも有数です。日本人にとって温泉は、単なる入浴施設ではなく、心と体を癒す場所であり、季節や地域文化を味わう体験そのものです。疲れを癒しに立ち寄る日帰り温泉、特別な日を過ごす温泉旅館、静かに心を整える湯治場――日本各地には、実に多様な温泉文化が息づいています。

さらに温泉は、自然との共存や四季の変化を肌で感じる装置でもあります。冬の雪見風呂、春の桜風呂、秋の紅葉風呂など、自然の移ろいとともに楽しむ温泉体験は、日本独自の美意識の表れといえるでしょう。

しかし、この「当たり前」は、実は日本人だからこそ自然に受け入れられている文化でもあります。たとえば、裸で他人と湯に入ることへの心理的ハードル、タトゥーに対する施設側の対応、湯上がりの習慣やマナーなどは、外国人にとっては新鮮であると同時に、驚きや戸惑いを伴うものでもあります。

本記事では、日本人にとっての温泉とはどのような存在なのかをひもときながら、外国人にも伝えたい「温泉文化の深さと面白さ」を丁寧に紹介していきます。ただの観光スポットではない、“文化”としての温泉。その魅力と背景を探る旅に、ぜひご一緒ください。

第1章:日本の地形と四季が生んだ温泉の豊かさ

日本の温泉文化を語るうえで欠かせないのが、自然との密接な関係です。日本列島は地震帯の上に位置し、火山活動が活発な地域に属しています。この地形的特徴が、各地に多様な温泉をもたらしています。実際に、北海道から九州・沖縄に至るまで、全国に3,000を超える温泉地が点在しており、その湧出量や泉質も千差万別です。

日本の温泉の魅力は、そのバリエーションの豊かさにも表れています。泉質には大きく分けて10種類以上あり、たとえば「硫黄泉」は美肌や殺菌作用、「炭酸水素塩泉」は皮膚の洗浄や保湿、「塩化物泉」は保温効果が高く湯冷めしにくいなど、それぞれに異なる効能があります。その他にも、鉄分を含む「含鉄泉」、胃腸にやさしいとされる「硫酸塩泉」など、体調や目的に応じて温泉を選ぶ楽しみもあります。

これらの泉質は、地下の岩盤や地層、火山活動の種類によって形成されており、日本の複雑な地質構造が豊かな温泉文化を生んだと言えるでしょう。温泉地によっては、1つの地域に複数の泉質が湧き出ていることも珍しくありません。

さらに、日本の温泉文化を特別なものにしているのが、四季の存在です。春には桜を眺めながら、夏には新緑と川のせせらぎに癒され、秋には紅葉に包まれ、冬には雪景色の中で湯に浸かる――こうした体験は、他国ではなかなか味わえません。まさに日本の温泉は、五感で自然と一体になる装置のような存在なのです。

このように、地形と気候の恵みを背景に、日本人は古くから温泉に親しんできました。そしてそれは、単なる“温まる場所”にとどまらず、風土を感じ、季節を慈しむ文化へと昇華されていったのです。

第2章:歴史の中の温泉――古代から現代まで

日本における温泉の歴史は、実に古代までさかのぼります。最古の記録としては、『日本書紀』(8世紀)や『風土記』(8世紀初頭)などに温泉の存在が記されており、すでに飛鳥時代(592–710)には温泉が神聖な場所として認識されていたことがわかります。当時、温泉は神仏の力によって湧き出る「霊泉」とされ、心身を清める儀式の一環として利用されていました。

奈良時代(710–794)から平安時代(794–1185)にかけては、貴族階級を中心に温泉が親しまれるようになり、とくに九州の由布院や別府、兵庫の有馬温泉などが皇族や僧侶の療養地として重宝されました。この頃の温泉は、今のような観光地ではなく、病を癒す“湯治場”としての性格が強く、宗教的・医学的な意味合いを持っていました。

戦国時代(1467–1603)から江戸時代(1603–1868)にかけては、温泉の利用が武士や町人にも広がり、徐々に一般庶民の間でも入浴文化が根づいていきます。とくに江戸時代には、街道沿いに湯治場や温泉宿が増加し、旅と湯治を兼ねる“湯めぐり”が流行しました。この時代には、1週間から10日ほど同じ温泉地に滞在し、毎日決まった時間に何度も入浴するという、現代のスパ滞在型に近いスタイルが定着していきます。

明治時代(1868–1912)に入ると、近代医学の発展とともに温泉の効能が科学的に研究されはじめ、全国各地で温泉分析書が作成されるようになります。同時に、鉄道の普及によってアクセスが良くなり、温泉地は観光地としても注目されるようになりました。

昭和時代(1926–1989)には団体旅行ブームが到来し、温泉は社員旅行や家族旅行の定番スポットとして定着します。テレビや雑誌でも温泉特集が組まれ、各地の温泉地は観光と娯楽の中心地となっていきました。

そして現代。温泉は依然としてリラクゼーションの象徴である一方で、近年では“ワーケーション”や“サステナブルツーリズム”といった新しい価値観の中でも再評価されています。若者層や外国人観光客の関心も高まり、多言語対応やプライベート空間の充実など、温泉地の側も時代のニーズに応じた変化を遂げています。

こうして振り返ると、日本の温泉文化は単なる“習慣”ではなく、時代ごとの価値観や社会背景を映し出す鏡のような存在だったと言えるでしょう。人々が何を求めて温泉に通ったのかを知ることは、日本人の心の変遷を知る手がかりにもなります。

第3章:癒しと治療の場――湯治文化とは何か?

日本の温泉は、古くから「癒し」と「治療」の場として人々に愛されてきました。とくに奈良時代(710–794)から平安時代(794–1185)にかけては、温泉が神聖視され、病気平癒や心身の浄化のために訪れる場所として利用されていました。当時、温泉は貴族や僧侶のための特別な施設であり、現代のリラクゼーションとは異なり、より宗教的で医学的な意味合いを持っていたのです。

この流れを受け、江戸時代(1603–1868)には庶民にも温泉文化が広がり、独特の「湯治(とうじ)」という入浴習慣が確立されます。湯治とは、1週間から数週間にわたり同じ温泉に滞在し、1日に複数回入浴することで体を癒す伝統的な療養法のことです。現代のスパ滞在型のウェルネス旅行に近いスタイルといえるでしょう。

湯治の魅力は、温泉の効能を最大限に引き出すことにあります。硫黄泉での皮膚疾患の緩和、炭酸泉での血行促進、塩化物泉での冷え症改善など、泉質ごとの効能が重視されてきました。江戸時代の温泉地では「湯治客専用宿」や「湯治場」が整備され、食事も消化の良い薬膳風の料理が用意されるなど、温泉と生活が密接に結びついていました。

明治時代(1868–1912)に入ると、西洋医学の影響で温泉の効能が科学的に研究されるようになり、温泉分析書が作られ、泉質や成分が体系的に分類されました。この流れは現代にも続いており、日本の多くの温泉地では、泉質と効能を前面に打ち出した独自のブランド化が進んでいます。

現代でも湯治文化は完全に消えたわけではなく、長期滞在型の温泉宿や“湯治村”と呼ばれる施設が、静養やリハビリの目的で利用されています。また、外国人観光客の中には、デジタルデトックスや心身のリトリートを目的に、日本の湯治文化に興味を持つ人も増えています。

第4章:Zen(禅)と温泉――心を整える日本の癒し体験

温泉とは、単なる身体の癒しを超えて、心の調和をもたらす空間でもあります。日本人にとって湯に浸かる行為は、喧騒から距離を置き、自分自身と静かに向き合うひとときでもあり、それはまさに禅(Zen)の世界観と深くつながっています。

無為自然と温泉体験の共鳴

禅の思想における「無為自然(むいしぜん)」とは、人間の手を加えず、あるがままの自然に身を委ねるという境地を指します。
日本の温泉文化では、人工的な装飾を施すことなく、自然の岩肌や木々に囲まれた露天風呂が重視されてきました。これは、まさに自然と人間が共にあることを大切にする日本の精神文化を反映したものです。

サルも湯に浸かる国、日本

こうした“自然との共生”を象徴する光景として、野生のニホンザルが温泉に入る姿が世界中で注目を集めています。
長野県の地獄谷野猿公苑では、冬の厳しい寒さをしのぐためにサルたちが温泉に身を沈め、リラックスする姿が見られます。
この光景はまさに、「人間と動物が自然の恩恵を共に享受する」日本特有の風景であり、
温泉が人間だけの文化ではないこと、そして自然との深い結びつきの中にあることを静かに物語っています

このユニークな文化は、世界中の旅行者に衝撃と感動を与え、SNSやドキュメンタリー映像を通じて「日本=温泉=癒しと共生」という印象を強く根付かせています。

禅と湯屋の重なり

禅寺においてもかつて「浴堂(よくどう)」という入浴施設があり、心身を清める修行の一環とされてきました。
静寂の中で湯に身を浸すことで、雑念を捨て、己を見つめ直す――それは、現代の温泉体験にも通じる普遍的な価値です。


このように、日本の温泉文化は「身体を温める場所」であると同時に、精神を鎮め、自然と調和し、命の循環を感じる場として、多くの人の心に深い癒しを与え続けているのです。

第5章:共同体とマナー――裸文化と社会性

日本の温泉文化を語るうえで欠かせないのが、「裸で入浴する」という習慣です。これは多くの外国人観光客にとって、最も戸惑いを感じる文化的側面でもあります。しかし、この“裸のつき合い”には、日本人の社会性や価値観が色濃く反映されています。

日本の温泉では、一般的にタオルや水着の着用は禁止されており、文字通り裸のまま湯船に入ります。これは恥ずかしさを超えて、「身分や肩書き、立場を脱ぎ捨て、他者と対等である」という感覚を共有するための儀式とも言えます。武士も商人も農民も、温泉では同じように裸になり、一緒に湯に浸かって会話を交わす。この文化は、古くから日本社会の中で“垣根を越えた交流”の場として温泉が機能していたことを示しています。

一方で、現代の温泉マナーはとても繊細です。湯船に入る前に体を洗うこと、大きな声で騒がないこと、長髪の人は髪を湯につけないよう束ねることなど、細やかなルールが存在します。これらは単なる“決まり”ではなく、「他人に不快を与えないように配慮する」という日本独自の公共意識の表れです。

こうした文化を知らずに訪れる外国人観光客にとっては、裸になることそのものへの抵抗に加えて、こうした“空気を読む”ルールに戸惑うこともあります。しかし近年では、多言語での注意書きや、動画による温泉マナーの紹介、温泉地スタッフの案内など、受け入れ側の取り組みも進んでいます。

また、どうしても裸での入浴に抵抗がある場合には、「貸切風呂(プライベートバス)」や「家族風呂」を選ぶという選択肢もあります。これらは基本的に個室で、家族やカップルだけで利用できるため、水着の着用やタオルの使用が許されているケースもあります。外国人観光客にとって、これらの施設は安心して温泉を体験するための第一歩となるかもしれません。

日本の温泉文化における「裸のつき合い」は、身体的な開放感以上に、精神的な“壁”を取り払う文化です。他者との距離を縮め、自分自身とも向き合う――それが、日本人が温泉に求めてきた、もうひとつの大切な価値なのです。

第6章:「タトゥー禁止」の背景と変わりゆく価値観

日本の温泉を訪れる外国人観光客がしばしば直面するのが、「タトゥーお断り」という掲示です。海外では自己表現やファッションの一部として広く受け入れられているタトゥーですが、日本では長らく“禁止”や“入場制限”の対象とされてきました。この違いには、日本社会特有の歴史的・文化的な背景があります。

日本では、江戸時代(1603–1868)に犯罪者への刑罰として「入れ墨」が施されていた時期があり、その後も任侠文化と結びついて「反社会的な印象」が強く残りました。現在でも、多くの日本人にとって入れ墨(タトゥー)は「怖い人」「反社会的勢力」の象徴として捉えられていることが多く、公共の場で見せることに対する抵抗感が根強く残っています。

とくに温泉のような「裸で他人と空間を共有する場」においては、見た目の印象がそのまま“安心感”や“居心地”に直結するため、タトゥーを理由に他の利用者が不安を覚える可能性を考慮して、入場を制限している施設が少なくありません。

しかし、時代とともに価値観は変化しています。外国人観光客の増加や、多様性を尊重する国際的な潮流を受けて、温泉施設側でも柔軟な対応をとるケースが増えてきました。たとえば:

  • タトゥーカバーシールの配布(温泉施設で無料提供されることも)
  • 特定の時間帯のみタトゥーOK
  • 完全個室の貸切風呂(家族風呂)の利用推奨
  • タトゥー歓迎の温泉宿のリスト公開

といった具体的な受け入れ体制が整備されつつあります。

外国人にとっては「なぜ?」と疑問に思うかもしれませんが、日本における“入れ墨”に対する抵抗感は、単なる偏見というよりも、過去の歴史的背景と社会的文脈によって形成されてきたものです。したがって、「文化の違い」として理解し合い、代替策を探す姿勢が大切です。

その点で、貸切風呂(プライベートバス)の存在はとても重要です。周囲に気を遣わずにリラックスできる空間であり、タトゥーの有無や裸への抵抗感がある人にとって、安心して温泉文化を体験できる最適な選択肢です。

日本の温泉文化が国際化する今、タトゥーに対する受け入れ方も徐々に変わりつつあります。大切なのは、互いの文化や背景を尊重しながら、新しい形の共存を模索していくことです。

第7章:温泉の泉質と効能――自然の恵みに癒される

日本には全国各地に3,000を超える温泉地が存在し、それぞれ異なる泉質と効能を持っています。温泉とは単に「温かいお湯」ではなく、地下深くから湧き出る鉱物成分を含んだ自然の恵みであり、その泉質によって体への影響も大きく異なります。まさに、日本の温泉文化は「入浴の科学」とも言える奥深い世界を持っているのです。

日本の温泉は「療養泉」として分類されており、泉質によって9つの主なタイプに分けられています。それぞれの特徴と代表的な効能は以下の通りです:

1. 単純温泉(Simple Thermal Spring)

無色透明で刺激が少なく、子どもや高齢者にも優しい泉質。リラクゼーション効果が高く、疲労回復やストレス緩和に適しています。

2. 塩化物泉(Chloride Spring)

塩分を含み、保温効果に優れています。「温まる湯」として冷え性改善や関節痛の緩和におすすめです。皮膚に塩の膜を作るため保湿効果もあります。

3. 硫黄泉(Sulfur Spring)

独特のにおいと白濁した湯が特徴。血行促進、アトピーや湿疹など皮膚疾患の改善にも効果があります。ただし金属製のアクセサリーは変色に注意が必要です。

4. 炭酸水素塩泉(Bicarbonate Spring)

「美肌の湯」として知られ、古い角質を落として肌を滑らかにする作用があります。にきびや肌荒れの改善にも効果的です。

5. 二酸化炭素泉(Carbon Dioxide Spring)

炭酸ガスが溶け込んだシュワシュワ感のある湯。血管拡張作用により血圧を下げ、心臓にやさしいとされています。ドイツなどでも治療泉として利用されています。

6. 酸性泉(Acidic Spring)

強い殺菌作用を持ち、皮膚疾患や水虫の改善に有効。刺激が強いため長時間の入浴は避けるべきです。

7. 含鉄泉(Iron Spring)

赤茶色の湯が特徴。鉄分補給に役立ち、特に貧血気味の方に適しています。ただし衣類に色が移ることがあるため注意が必要です。

8. 放射能泉(Radium Spring)

極微量のラドンを含む泉質。痛風や神経痛の緩和に使われますが、放射線量は極めて低いため安全です。

9. 含よう素泉(Iodine Spring)

珍しい泉質で、殺菌作用が高く、皮膚トラブルや慢性皮膚炎に有効とされています。


こうした泉質による違いは、温泉地の地質・火山活動・水脈の深さなどに由来し、日本の地形的多様性が生んだ恩恵とも言えます。実際、多くの日本人は旅行先を選ぶ際に「泉質」を重視することが多く、効能と自分の体調を照らし合わせて選ぶ傾向があります。

また、外国人観光客の中には、泉質を医学的に理解しようとする人も多く、「どの温泉が腰痛に効くのか?」「美肌に良いのはどの泉質か?」といった視点から滞在先を決めるケースも見られます。

こうした知識を深めてから温泉を訪れることで、入浴そのものの体験価値も格段に高まります。温泉は単なる娯楽施設ではなく、「自然がもたらすセラピー」なのです。

第8章:湯上がりの楽しみ――牛乳、雪見酒、そして風呂上がり文化

温泉に浸かった後の“楽しみ”もまた、日本の温泉文化を豊かにする大切な要素です。心も体もほぐれたあと、人々はさまざまなスタイルで「湯上がりの余韻」を楽しんできました。そのひとつひとつが、日本独自の“風呂上がり文化”として長年親しまれています。

湯上がりの定番、瓶の牛乳

まず代表的なのが「瓶の牛乳」。風呂上がりに腰に手を当てて一気に飲み干すスタイルは、昭和の銭湯文化に端を発し、今や温泉地の休憩所やロビーでの定番光景です。

さらに、

  • 濃厚な「白牛乳」
  • ほろ苦くて甘い「コーヒー牛乳」
  • フルーティーな「いちご牛乳」

など多彩なバリエーションも人気で、近年では「地元のご当地牛乳」などを楽しめる温泉地も増えています。

雪見酒・月見酒――風情とともに味わう季節の一杯

日本では古くから、自然と一体になる“湯の楽しみ”が尊ばれてきました。その中でも特に風情あるものが、「雪見酒」や「月見酒」という文化です。

  • 雪見酒は、雪の降る中、湯に浸かりながら一杯の酒を傾ける贅沢な時間。
  • 月見酒は、秋の澄んだ夜空に浮かぶ月を眺めながら、湯けむりの中で静かに酒を味わうという、詩的な体験です。

本来これらは、「入浴しながらの酒」として描かれることも多く、旅館の露天風呂付き客室などでは実際に体験できる場合もあります。文化的には「非日常の優雅なひととき」として語り継がれています。

ただし「入浴中の飲酒」は現代では注意が必要

一方で、現在の温泉施設の多くでは、入浴中の飲酒は推奨されていません。これは、

  • 湯に浸かることで血管が拡張し、アルコールの吸収が早まりやすくなる
  • 立ちくらみや転倒、意識障害などを引き起こす危険性がある
  • 脱水症状のリスクも増加する

といった理由から、安全上の配慮として避けるべき行為とされているためです。

そのため、現代の温泉旅館では、

  • 露天風呂付き客室の湯上がりスペースやウッドデッキで「月見酒」を楽しむ
  • 部屋風呂から上がった後に、部屋の窓越しに雪を眺めながら酒を味わう

といったスタイルでの提供が主流となっています。

このように、安全に配慮しつつも、雪や月とともに味わう一杯は、風呂上がりの余韻を深く彩ってくれるのです。


温泉とは、湯に浸かる体験だけではなく、「湯から上がったあと」も含めて一つの文化的な旅路。牛乳を飲む、酒を楽しむ、静かな時間に身を委ねる──そんな風景が、日本の温泉をより豊かに、忘れられない体験へと導いてくれるのです。

第9章:未来に受け継がれる温泉文化――共生・多様性・国際化(シンプル版)

長い歴史と深い精神性を持つ日本の温泉文化は、いま大きな転換期を迎えています。
少子高齢化による地域経済の変化、インバウンド観光の拡大、そして国際社会における多様性の尊重──それらすべてが、温泉文化に新たな問いと可能性をもたらしています。


多様性と共生へのシフト

かつては「日本人のための日本的文化」だった温泉も、今では世界各国からの旅行者が訪れる場所となり、文化的な価値観や身体感覚の違いへの配慮が徐々に求められるようになっています。
裸での入浴に抵抗がある人々、タトゥーを持つ人々、宗教上の制約を持つ旅行者──そうした多様な背景を持つ人々が、安心して温泉を楽しめるような環境整備が一部の施設で始まりつつあるのが現状です。

たとえば:

  • プライベートバスや家族風呂の導入により、プライバシーを保ちながら温泉を楽しめる選択肢が増加
  • 段差の解消や手すりの設置、バリアフリートイレの併設など、ユニバーサルデザインへの取り組みを始めた施設も登場
  • タトゥー利用者への対応策(カバーシールの配布や時間帯制限)の明記を試みる温泉も徐々に見られるように

こうした取り組みはまだ広く浸透しているわけではありませんが、外国人観光客の増加や多様性の理解が進む中で、今後さらに整備が進んでいくことが期待されています。


地域再生と温泉の役割

温泉地の多くは地方に位置しており、人口減少や経済の停滞に直面しています。こうした状況の中、温泉は「地域の再生装置」として再評価されています。

  • 地元の食文化や伝統体験と結びつけた観光プログラム
  • ワーケーション対応の温泉宿や、コワーキング併設型の宿泊施設
  • 海外長期滞在者やデジタルノマドに向けた柔軟な宿泊プラン

といった新たな需要層へのアプローチが進みつつあり、温泉は「癒し」だけでなく「働き方」や「暮らし方」とも結びつく存在へと進化しています。


国際化と文化発信のツールとしての温泉

世界的なウェルネス志向の高まりを背景に、温泉は日本独自の心身のリトリートとして注目されています。
「Zen(禅)」の精神性や自然との調和をキーワードに、温泉は今や日本文化を世界に発信する象徴的存在になりつつあります。

こうした流れの中で重要なのは、温泉を単なるレジャーとしてではなく、日本人が大切にしてきた感謝・敬意・節度といった価値観を含めて丁寧に伝える姿勢です。
そうしてこそ、文化としての温泉が真に理解され、未来へと受け継がれていくのです。


おわりに:未来の温泉は、より開かれた癒しの場へ

温泉とは、湯に浸かる体験だけでなく、その背後にある日本人の精神性、自然観、共同体意識までもが織り込まれた文化です。
そして今、その文化はグローバルな人々と出会い、新しい価値観との融合を始めています。

多様な人々が互いの違いを理解しながら、癒しを共有できる空間へ──。
日本の温泉文化が、より“開かれた存在”として未来へと続いていくことを、私たちは今まさに見届けているのです。

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