JALオーベルジュ富良野は、日本航空が初めて手がけるオーベルジュ事業として2026年冬に開業予定のプロジェクトであり、食と宿泊を一体化した通年型の観光モデルとして宿泊業界からも注目されている取り組みです。
本記事では、JALオーベルジュ富良野のニュースを素材にしつつ、ホテル・旅館など宿泊業の経営者や企画・人事・現場マネージャーの方に向けて、「高付加価値な食体験」「通年での人流創出」「地域共創」という観点から、自社への活かし方を整理します。
本記事のポイント
- JALオーベルジュ富良野は「食×宿泊×地域共創」を軸にしたJAL初のオーベルジュ事業であり、航空会社ブランドと地方の滞在型観光を結ぶモデルケースになり得ます。
- 全10室・50㎡以上という小規模・高付加価値な設計や、一つ星シェフ監修レストランは、客室数に頼らない収益構造づくりのヒントになります。
- 地域のシェフ・事業者との協働や通年集客の発想は、規模の大小にかかわらず、地方旅館・ホテルが自館の「食」と「体験価値」を再設計するうえで参考になるでしょう。
ニュースの概要
JALオーベルジュ富良野は、日本航空株式会社(JAL)、北海道中富良野町、株式会社日動の三者連携によるオーベルジュ事業です。中富良野町とJALは2023年7月に連携協定を締結しており、その具体的な新規事業としてスタートします。
- 場所:北海道空知郡中富良野町・北星山森林公園エリア
- 名称:JAL Auberge Furano(JALオーベルジュ富良野)
- 開業時期:2026年12月予定(着工は2025年10月)
- 客室:全10室、50㎡以上・ミニキッチン付き
- レストラン:ミシュラン一つ星「Le Musée」石井誠シェフ監修、富良野出身の谷章太郎シェフが料理を提供
運営は地域密着のホテル事業を展開する日動が担い、JALはブランド提供と販売支援を担当します。販売および公式Webサイトの公開は2026年6月予定で、JALグループの全国ネットワークを活用した販売が見込まれています。
オーベルジュという「食と宿泊が一体化した滞在型観光モデル」によって、夏と冬に需要が偏りやすい北海道で、通年での人流を生み出すことを目指している点も、JALオーベルジュ富良野の大きな特徴です。
宿泊業にとってのポイント
JALオーベルジュ富良野は、「客室数を増やして売上を伸ばす」従来型とは異なる高付加価値モデルの好例と言えるでしょう。
1. 小規模・高付加価値モデルの象徴としてのJALオーベルジュ富良野
JALオーベルジュ富良野は、全10室・50㎡以上という比較的小規模な構成です。
それでもビジネスとして成立を目指している背景には、次のような発想が読み取れます。
- 客室単価(ADR)の向上:
ミシュラン一つ星シェフ監修、ストーリー性のあるコース料理、広い客室などにより、「滞在単価」で勝負する設計。 - 滞在時間あたりの体験価値の最大化:
「食を目的に泊まる」という動機形成を行うことで、単なる宿泊ではなく「旅のハイライト」に位置付ける。 - 通年型の集客ポテンシャル:
富良野エリアが持つ四季の自然と、オーベルジュの食体験を掛け合わせることで、季節に偏らない需要創出を狙っていると考えられます。
観光庁がまとめる観光コンテンツのトレンドでも、「ウェルネス」「ネイチャーアクティビティ」「生活没入」など、体験価値そのものに対して支出する傾向が強まっていることが示されています。
JALオーベルジュ富良野は、まさにその文脈に沿う取り組みと言えそうです。
2. 航空会社ブランドと地方オーベルジュの組み合わせが持つ意味
JALブランドの安心感と、地方の小規模宿の親密さを組み合わせた形もポイントです。
- JAL:全国・世界からの送客・販売チャンネル・マイル会員基盤
- 日動:地域密着の運営ノウハウと地元ネットワーク
- 中富良野町:土地・景観・農産物などの地域資源
といった役割分担により、「一施設だけでは難しい高付加価値化」を連携で補っている構造です。
「自館だけの力でやるには不安」という事業者も、地域の事業者・自治体・交通事業者との協業を検討することで、JALオーベルジュ富良野に近い発想を取り入れられるかもしれません。
3. 地域課題の解決につながる滞在型モデル
JALオーベルジュ富良野では、通年での人流創出・雇用の創出・人材育成といった地域課題の解決も掲げられています。
観光庁の宿泊事業者向けマニュアルでも、「高付加価値化」と「生産性向上」を両立させることが重要とされていますが、宿泊単価の向上と通年稼働を両輪で追う方向性はまさにその一例だと言えるでしょう。
「稼働率は高いが、単価・利益率が伸びない」という施設にとって、JALオーベルジュ富良野のようなモデルは、方向転換を考える際の参考になるはずです。
背景と理由の整理
JALオーベルジュ富良野が生まれた背景を整理すると、宿泊業に共通する環境変化が見えてきます。
1. インバウンド・国内旅行のニーズ変化
ポストコロナ以降、観光庁の調査でも、訪日旅行における「体験・コンテンツ」への支出の重要性が指摘されています。
- 「名所を巡るだけ」から「テーマ性・物語性のある体験」へ
- モノ消費からコト消費、さらに「意味のある滞在」へのシフト
- 自然・文化・食をゆっくり味わうウェルネス的な旅の人気
オーベルジュは、食と滞在を通じて土地の物語を体験できるフォーマットであり、こうした世界的潮流と親和性が高いと考えられます。
2. 北海道における季節偏重型の需要構造
北海道は、夏のラベンダーシーズンや冬のスキーシーズンなど、特定の季節に需要が集中しやすいエリアです。
JALオーベルジュ富良野では、オーベルジュという業態を通じて、
- 夏:野菜やハーブ・ワインなどの農産物と景観
- 秋:収穫期の食材・紅葉
- 冬:雪景色と温かな料理
- 春:芽吹きの野菜や山菜
といった四季の食文化・自然体験を通年で商品化していこうとしていると考えられます。
これは、「旅行時期ありき」ではなく、「体験価値ありきで滞在時期を選んでもらう」発想への転換とも言えるでしょう。
3. 宿泊業の高付加価値化と人材・生産性の課題
観光庁は「宿泊業の高付加価値化のための経営ガイドライン」や、生産性向上のハンドブックで、
「施設の高付加価値化」「業務の生産性向上」「顧客価値の向上」の三つの観点からの経営改善を提案しています。
JALオーベルジュ富良野のように、
- 客室設計を工夫して清掃負荷を抑えつつ単価を上げる
- 通年で集客し、季節労働に頼りすぎない雇用をつくる
- 地域の食材・人材を生かしたメニュー開発で差別化する
といった方向性は、こうした流れとも重なっていると考えられます。
具体的な取り組み・ニュース内容の解説
ここからは、JALオーベルジュ富良野のニュース内容を、宿泊業の視点で少し細かく読み解いていきます。
1. JALオーベルジュ富良野の施設設計から学べること
ニュースによると、JALオーベルジュ富良野の施設概要は以下の通りです。
- 客室:全10室、すべて50㎡以上
- ミニキッチン付き
- 北星山森林公園エリアに立地
この構成から、次のような狙いが見えてきます。
- 客室数を絞り、パブリックスペースとレストランの価値に集中する
- ミニキッチンにより、中長期滞在やワーケーション的な利用にも対応
- 森林公園エリアという立地を生かし、自然との一体感を演出
小規模旅館やオーナー系ホテルでも、「客室数を増やさず、1室あたりの付加価値を高める」という発想で改装・投資を検討する余地がありそうです。
2. レストラン監修体制と「食」のストーリーづくり
JALオーベルジュ富良野では、
- 石井誠氏(Le Muséeオーナーシェフ):レストラン部門の監修
- 谷章太郎シェフ(富良野出身):地元食材を生かした料理の提供
という体制が取られています。
ポイントは、単に「有名シェフを据える」だけでなく、
- 地元出身シェフを中心に据えることで土地とのストーリーを強化
- 監修シェフとの関係性を通じて、料理人の育成にもつながる可能性
- 地元の生産者との連携や、食材のトレーサビリティを高めやすい構造
をつくっている点です。
既存の旅館・ホテルでも、
- 近隣の人気レストランとのコラボプラン
- 地元出身の料理人・パティシエを前面に出した企画
- 生産者との「顔の見えるコース料理」
など、規模に応じた取り入れ方が考えられるのではないでしょうか。
3. 運営体制と役割分担 ― JAL×日動×中富良野町
運営形態は、
- 運営:株式会社日動
- ブランド・販売支援:JAL
という形です。
JALオーベルジュ富良野は、航空会社・自治体・地域事業者の三者連携で成り立っています。
自館で応用する際の示唆としては、
- 交通事業者(航空・鉄道・バス)との共同商品・送客連携
- 地方銀行・自治体・DMOなどとの連携によるプロジェクト化
- 運営とプロモーション(ブランド)の分業発想
などが挙げられます。
「全てを自前でやる」のではなく、「運営」と「ブランディング・販売」を切り分ける発想を持つと、JALオーベルジュ富良野のような形に近づいていきます。
自社への活かし方のヒント
最後に、JALオーベルジュ富良野の取り組みを、自館の改善や新規企画にどうつなげるかを整理します。
1. まずは「自館版オーベルジュ体験」を定義する
必ずしも施設名を変えたり、新棟を建設したりする必要はありません。
現状の設備の中でも、「自館らしいオーベルジュ的体験」を定義することは可能です。
- 夕食を「地元食材のストーリーを語るコース仕立て」に再設計する
- 1日数組限定の「シェフと語るディナー付き宿泊プラン」をつくる
- 朝食や軽食も含め、「一泊二食通して物語がつながる」メニューにする
こうした工夫により、「食を目的に選ばれる宿」に近づいていきます。
2. 通年型の滞在シナリオを描き直す
JALオーベルジュ富良野が目指しているように、「夏だけ」「冬だけ」に偏らない通年型の滞在シナリオを描くことも重要です。
- 四季ごとに「〇〇が主役のコース」「〇〇を楽しむ1日の過ごし方」を整理
- 季節による客層の違い(ファミリー、カップル、インバウンドなど)を明確化
- 閑散期にこそ体験価値を高めたプラン(少人数制・長期滞在など)を用意
観光庁の資料でも、観光コンテンツの高付加価値化と地方誘客が中長期的なテーマとして挙げられています。
自館の周辺資源を棚卸しし、JALオーベルジュ富良野のように「季節ごとに何を味わってもらうか」を言語化すると良さそうです。
3. 地域のパートナーと「役割分担」を決める
JALオーベルジュ富良野では、運営・ブランド・販売・行政が明確に役割分担されています。
中小の宿泊施設でも、規模に応じたパートナーシップを組むことが可能です。
- 食:地元レストラン・シェフ・菓子店・酒蔵など
- 体験:ガイド事業者・農家・アクティビティ事業者
- 販売:旅行会社・OTA・交通事業者・DMO
「自館だけで完結させる」のではなく、「地域と一体でオーベルジュ体験をつくる」という発想に切り替えると、JALオーベルジュ富良野が目指す方向性と近くなります。
4. 従業員エンゲージメントの観点でのポイント
オーベルジュ型の運営では、スタッフ一人ひとりのホスピタリティや専門性が体験価値に直結します。
観光庁の人材関連のテキストでも、「外国人対応や食習慣への理解」「多言語コミュニケーション」などを含むおもてなし力の向上が強調されています。
- シェフやサービススタッフが生産者・地域のストーリーを語れるようにする
- スタッフ向けに「自館のコンセプト共有会」「地域研修」を行う
- 多言語対応は、完璧な語学力よりも「伝えようとする姿勢」とツール活用を重視する
といった工夫が、JALオーベルジュ富良野のような高付加価値モデルを支える土台になっていくのではないでしょうか。
まとめ
- JALオーベルジュ富良野は、JAL初のオーベルジュ事業として、JALブランド・地域の自然と食・小規模高付加価値な宿泊を組み合わせ、通年型の滞在モデルを目指す取り組みです。
- 客室数に依存しない収益構造や、シェフ・地域生産者との協働、JALと日動・中富良野町の役割分担などは、地方のホテル・旅館が高付加価値化を考えるうえで大きなヒントになります。
- 自館でもJALオーベルジュ富良野の考え方を参考に、「自館版オーベルジュ体験」を定義し、通年の滞在ストーリーや地域との連携を整理しておくと安心です。
- いきなり新棟を建てるのではなく、既存の設備と地域パートナーを活かしながら、段階的に食・体験・人材の付加価値を高めていくという選択肢もあります。
企業情報
日本航空株式会社(JAL)
所在地:東京都品川区
代表者:代表取締役社長 鳥取 三津子
事業内容:航空運送事業ほか
中富良野町
所在地:北海道空知郡中富良野町
代表者:町長 小松田 清
株式会社日動
所在地:北海道札幌市
代表者:代表取締役社長 前川 大輔
事業内容:ホテル事業「ホテルクラッセステイ」シリーズほか
出典:PR TIMES『(共同リリース)JAL初のオーベルジュ事業「JALオーベルジュ富良野」日動と連携し、北海道中富良野町に2026年冬 開業』(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001380.000030684.html)


