エッセイ

日本人にとって雪とは何か──美しさと大変さが共存する文化的背景

CoCoRo編集部

なぜ日本人は雪を「大変」と言いながら、どこか特別なものとして受け止めているのか

雪が降ると、日本では決まって二つの声が聞こえてきます。
「きれいだ」「風情がある」と感じる声と、
「通勤が大変だ」「雪かきがつらい」と現実的な声です。

この二つは対立しているように見えますが、日本人は長い間、この矛盾を解消しようとしてきませんでした。

雪を完全に肯定することも、
完全に否定することもせず、
そのまま抱え込んできた。

この割り切らなさこそが、日本人と雪の関係を特徴づけています。


日本人は、確かに雪を「美しい」と感じてきた

日本人は雪を美しいと感じてきました。
雪月花という言葉が示すように、雪は月や花と並ぶ鑑賞の対象でした。

雪見酒、、雪見障子。
雪は「見るもの」「味わうもの」として、生活の中に静かに組み込まれてきました。

さらに日本語には、雪を表す言葉が数多く存在します。
粉雪、綿雪、牡丹雪。
降り方や重さ、触れたときの感覚まで、日本人は雪を一括りにはしませんでした。

言葉が分かれているということは、体験が分かれているということです。
日本人は雪を、ただの現象としてではなく、感じ分ける存在として捉えてきました。


しかし雪は、同時に「生活を揺さぶる存在」でもあった

一方で、雪は鑑賞のためだけの存在ではありません。

雪が降れば、道は滑り、移動は遅れ、予定は簡単に崩れます。
特に雪国では、雪は「来るかどうか」ではなく、必ず来るものとして生活に組み込まれてきました。

豪雪地帯では、年の三分の一から半年近くが積雪前提です。
建築、移動、保存、行事。
あらゆる生活設計が、雪があることを前提に成り立ってきました。

この時点で、雪は自然現象ではなく、生活条件になります。


都会と雪国で、雪への感じ方は大きく異なる

都会では、雪は非日常です。
たまに降るからこそ、風景の変化として強く印象に残り、「好き」が前に出やすい。

一方、雪国では雪は日常です。
毎年必ずやってきて、生活の負担として積み重なります。
こちらでは「大変」が前に出やすい。

ただし重要なのは、雪国で「大変」が多いからといって、雪が忌み嫌われているだけの存在ではないという点です。


それでも雪国で、雪は否定しきれない存在だった

雪国の人々にとって、雪は確かに厄介です。
雪かき、除雪、交通障害、事故のリスク。
できることなら楽になりたいという感覚は、ごく自然なものです。

それでも雪は、「なくなってほしい存在」にはなりませんでした。
なぜなら雪は、地域の生活と産業を根底で支えてきた存在でもあったからです。


雪は、水と実りを支える「時間差の資源」だった

雪は天然のダムです。
冬に蓄えられた雪は、春から夏にかけてゆっくりと溶け出します。

この「ゆっくり」という性質が、日本の農業を支えてきました。
一気に流れ出ないからこそ、田畑に水が行き渡る。

さらに雪解け水は川を通って海へと流れ、プランクトンを育て、漁場を豊かにします。
雪は目に見えないところで、食と生業を長い時間軸で支える存在でした。


雪は「冷たさ」そのものが価値になる資源でもある

雪は寒さの象徴であると同時に、冷熱という資源でもあります。

雪を貯蔵し、その冷気を冷房や保存に利用する。
農産物や日本酒を雪中で寝かせる。

これらは近年注目されていますが、発想そのものは新しいものではありません。
雪を前提に生きてきた結果として自然に生まれた知恵です。


「克雪」と「利雪」は対立していない

雪との関係は「克雪から利雪へ」と語られがちです。
しかし実際には、この二つは対立していません。

雪かきも除雪も生活を守るために必要です。
同時に、雪を活かす工夫も行われてきました。

排除と活用は併存していた。
ここに、雪を単純に嫌いになれない理由があります。


雪は、文化と技術を生んできた

雪があるからこそ生まれた文化や技術があります。
雪ざらしによる繊維の漂白。
雪中貯蔵による熟成。
雪を題材にした意匠や文様。

雪まつりやウィンタースポーツも、雪がある前提で育ってきた文化です。
雪は障害であると同時に、工夫を促す存在でした。


雪は、人の感覚と時間を変える

雪が降ると、街の音は吸い込まれたように静かになります。
移動は遅くなり、判断は慎重になります。

雪は人を急がせません。
むしろ立ち止まらせます。

この時間感覚の変化は、日本人の生活感覚と深く結びついてきました。


雪は「畏怖」の対象だった

雪に向けられてきた感情は、単なる好悪ではありません。

雪は、美しい。
同時に、危険で、制御できない存在でもある。

日本人はこれをどちらかに整理しませんでした。
畏れながら、受け入れる。

雪は、好き嫌い以前の感情を呼び起こす存在だったのです。


日本人は、雪を「文化」として抱えてきた

雪は、言葉になり、景観になり、感情になり、生活になり、技術になりました。
幾重にも意味を重ねた文化として、日本人の中に蓄積されてきました。

雪という一語に、これほど多くの情報量を感じるのは、雪が文化だからです。


だから雪は、好き嫌いで語り切れない

雪は美しい。
同時に大変でもある。

雪は恵みをもたらす。
同時に困難も連れてくる。

日本人はこの矛盾を解消せず、そのまま引き受けてきた
だから雪は、嫌いになりきれず、簡単に美化もできないのです。


雪との向き合い方は、日本人の世界観そのものかもしれない

排除できない自然と戦わず、
受け入れ、工夫し、意味を重ねていく。

雪は、日本人が自然や困難とどう向き合ってきたかを映す鏡のような存在です。

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