日本を訪れた外国人に有名な肉料理といえば、神戸牛の鉄板焼き、すき焼き、しゃぶしゃぶでしょう。もちろん、日本人も良い和牛を食べたいと思います。
しかし、日本の肉料理の豊かさは、高級な牛肉だけでは分かりません。
豚こま切れ肉の生姜焼き、鶏肉の唐揚げ、ひき肉の餃子、鶏皮の焼き鳥、牛すじ煮込み、ホルモン焼き。手頃な肉や扱いにくい部位にも、それ自体を食べたくなる料理があります。
日本人は、魚や野菜にもおいしさを求めます。そのなかでも、長く貴重だった肉には、価格や部位にかかわらず、できるだけおいしく食べたいという欲求が強く表れているように感じます。
肉が貴重だったから、さまざまな部位を料理にした。料理として本当においしかったから、生活が豊かになった後も食べ続けた。そして肉への期待が大きかったから、普段の肉にも下味を付け、粉をまぶし、火加減を工夫してきた。
その積み重ねが、日本の多様な肉料理を作ったのではないでしょうか。
日本人にとって、肉は長く身近な食材ではなかった
肉食を避ける建前があっても、肉をまったく食べなかったわけではない
日本では、仏教の影響や朝廷の禁令などにより、長く肉食を避ける風潮がありました。675年には天武天皇が、一定期間、牛、馬、犬、猿、鶏を食べることを禁じています。
ただし、「明治時代まで日本人は肉を食べなかった」という理解は正確ではありません。
農林水産省の「にっぽん伝統食図鑑」でも、中世以降に肉食が完全に否定されたわけではなく、庶民の間で続いていたと説明されています。鳥のほか、猪や鹿などの野生動物も食べられました。江戸時代には、獣肉を滋養のための「薬喰い」として扱うこともありました。
つまり、日本人と肉の距離は、すべての動物で同じだったわけではありません。
鳥や猪に比べ、牛は庶民から遠い存在だった
牛や馬は、農耕や運搬を担う重要な家畜でした。鳥や野生動物に比べると、庶民が食肉として接する機会は限られていました。
江戸時代にも彦根藩の牛肉の味噌漬けなどは存在しましたが、誰もが日常的に食べるものではありません。牛肉は、特別な理由がなければ口にしにくい食材でした。
明治に肉食が奨励されても、肉はすぐ日常食にならなかった
明治に入ると政府が肉食を奨励し、都市部では牛鍋が流行します。食べ慣れない牛肉を、味噌や醤油で日本人になじみのある味へ変え、箸で食べる料理でした。
しかし、明治初期に肉料理を食べられたのは、上流階級や知識人、都市部の一部に限られていました。地方では副食そのものが乏しく、肉はまだ遠い存在です。
肉が広く日常食になるまでには、さらに長い時間が必要でした。この距離の長さが、「肉を食べる日は少しうれしい」という感覚の土台になったと考えられます。
日本人は、いつから肉を日常的に食べるようになったのか
農林水産省の「食料需給表」から、牛肉、豚肉、鶏肉の1人1年当たり供給純食料を主要年度で比較しました。

※「供給純食料」は、国内で食用として供給された量から通常廃棄される部分を除き、人口で割った指標です。一人ひとりが実際に食べた量を直接調査したものではありません。また、長期統計には食品成分表などの変更によって単純接続できない箇所があります。グラフは大きな傾向を見るためのものです。
高度経済成長期に、豚肉と鶏肉が急増した
1960年度には、1人1年当たりの供給量が牛肉1.1kg、豚肉1.1kg、鶏肉0.8kgでした。1980年度には牛肉3.5kg、豚肉9.6kg、鶏肉7.7kgまで増えています。
戦後の食卓で先に存在感を強めたのは豚肉でした。現在の感覚では鶏肉が最も身近に思えますが、鶏肉が最初から圧倒していたわけではありません。
バブル崩壊後は、牛肉より豚肉と鶏肉が伸びた
牛肉は1995年度に7.5kg、2000年度に7.6kgまで増えましたが、2022年度には6.2kgです。一方、同じ2022年度には豚肉が13.1kg、鶏肉が14.6kgとなりました。
日本人が肉を食べなくなったのではありません。肉を食べる習慣は定着したまま、選ばれる肉が変わりました。
バブル崩壊後、家計に十分な余裕を感じにくい時代が長く続いたことは、購入しやすい豚肉や鶏肉への移行を考えるうえで外せません。健康志向、調理のしやすさ、外食や中食での利用拡大なども影響しているでしょう。それでも、肉を諦めるのではなく、普段買いやすい肉を選び続けたことがグラフから見えてきます。
日本の肉料理は、価格や部位が変わってもおいしさを諦めない
高級肉は、肉そのもののおいしさを味わう
神戸牛をはじめとする和牛の鉄板焼きやステーキでは、肉質そのものが主役です。きめ細かな肉質、脂の甘さ、香り、やわらかさを、余計な手を加えずに味わいます。
すき焼きやしゃぶしゃぶも、良い肉の魅力を生かす料理です。日本では厚いステーキだけでなく、薄く切った肉にもぜいたくを感じてきました。
手頃な肉は、最低限の処理で十分おいしくなる
普段の家庭料理では、高級な肉を毎日使うわけではありません。豚こま切れ肉、鶏むね肉、鶏もも肉、ひき肉など、購入しやすい食材が中心です。
それでも、下味を付ける、そぎ切りにする、片栗粉を薄くまぶす、筋を切る、火を入れすぎないといった最低限の処理をすれば、家庭でも十分おいしくなります。
豚こま切れ肉は野菜と炒めてタレを絡める。鶏むね肉はそぎ切りにし、粉や衣で水分を守る。ひき肉は練って成形し、玉ねぎや調味料を加える。高級肉に見せるのではなく、その食材に合う食べ方を選びます。
内臓、皮、軟骨、すじも、それを食べたい料理になった
かつての日本では、多くの人が食材を無駄にできるほど豊かではありませんでした。その生活が、さまざまな部位を食べる背景の一つになったのでしょう。
しかし、経済性だけであれば、生活が豊かになるにつれて食べられなくなっていたはずです。
鶏皮には脂と香ばしさがあり、軟骨には独特の食感がある。牛すじは煮込めば旨みが出て、ホルモンは部位ごとに脂や歯ごたえが違います。料理としておいしかったからこそ、安い肉の代用品ではなく、それを目当てに注文する料理として残りました。
身近な肉や扱いにくい部位を、日本人はどう料理してきたか
同じ「肉」でも、部位によって食感、脂、水分、香りは異なります。日本で定着した代表的な工夫を整理すると、次のようになります。
| 食材・部位 | 調理で解決したい点 | 主な工夫 | 代表的な日本の肉料理 |
|---|---|---|---|
| 鶏むね肉 | 火を入れすぎるとパサつきやすい | そぎ切り、下味、粉や衣 | とり天、チキン南蛮、唐揚げ |
| 鶏皮・軟骨・砂肝 | 脂、硬さ、独特の食感がある | 小さく切り、串に刺して焼く | 焼き鳥、皮ポン酢、軟骨唐揚げ |
| 豚こま切れ肉 | 大きさや部位がそろっていない | 野菜と炒め、タレを絡める | 生姜焼き、肉野菜炒め、豚汁 |
| 豚バラ肉 | 脂が多い | 薄く切る、煮込む、野菜と合わせる | 角煮、豚バラ大根、鍋物 |
| ひき肉 | 肉の形が残らない | 練る、まとめる、具材と混ぜる | 餃子、ハンバーグ、つくね、そぼろ |
| 牛すじ | 硬い | 下ゆでし、長時間煮込む | 牛すじ煮込み、おでん、すじカレー |
| 内臓 | 臭いや食感に癖がある | 洗浄、下ゆで、味噌、タレ、香味野菜 | もつ煮、もつ鍋、ホルモン焼き |
| 骨 | そのまま食べられる部分が少ない | 長時間煮出す | 豚骨ラーメン、鶏白湯、水炊き |
食材を使い切る文化は、日本だけのものではありません。世界各地に内臓、血、皮、骨まで利用する料理があります。
日本の特徴として注目したいのは、こうした工夫が一部の伝統料理だけでなく、家庭の下処理、定食屋、居酒屋、専門店にまで広く残っていることです。
日本の肉料理は、やわらかさとジューシーさを求めて発展した
なぜ日本人がやわらかさとジューシーさを強く好むのか。その原因を一つに決めることはできません。
ただ、日本の肉料理や商品の評価で、「やわらかい」「肉汁が多い」「脂が甘い」という言葉が好意的に使われることは珍しくありません。その好みに合わせるように、肉の切り方と調理法が細かく発達しています。
薄く切って、短時間で火を通す
すき焼き、しゃぶしゃぶ、牛丼、生姜焼きでは、肉を薄く切ります。硬さを感じにくく、短時間で火が通り、タレやだしも絡みやすくなります。
小さく切り、たたき、ひく
焼き鳥や唐揚げは一口大にし、餃子、つくね、そぼろ、ハンバーグでは肉をひきます。肉の形を変えることで、硬い部分も食べやすくなり、別の食感が生まれます。
粉や衣で、肉の水分を残す
とんかつ、唐揚げ、チキン南蛮、メンチカツでは、粉や衣が表面の食感を作り、中の肉の水分を保ちます。衣が軽く、中はやわらかくジューシーであることが、おいしさの基準になります。
煮込んで、硬い部位をやわらかくする
角煮、牛すじ煮込み、もつ煮、手羽元の煮物では、時間をかけて硬い部位を食べやすくします。肉だけでなく、脂や旨みが移った煮汁までご飯に合う料理になります。
日本の肉料理は、誰と食べるかによって形を変える
普段の食事では、手頃な肉を一人分の満足へ変える
生姜焼き、親子丼、牛丼、唐揚げ、ハンバーグは、普段の食事として親しまれています。
肉の量だけで満腹にするのではありません。卵、玉ねぎ、キャベツなどと組み合わせ、タレや衣でご飯が進む味にします。手頃な肉でも、一人分の食事として十分な満足を作れます。
人が集まるハレの日には、良い肉を皆で食べやすくする
日本で人が集まる日のご馳走は、肉だけではありません。田舎に親戚が集まれば、まず寿司桶を思い浮かべる人もいるでしょう。刺身、鰻、蟹なども特別な日の料理です。
一方、肉を選ぶ家庭では、普段より良い肉を用意し、焼肉、すき焼き、しゃぶしゃぶなど、皆で取り分けやすい料理にすることがあります。
良い肉を一人ずつステーキにするのではなく、薄切りや一口大にして食卓の中央で調理する。火が通るまで長く待たず、各自が好きな量を取り、野菜や豆腐も一緒に食べられます。
日本の肉料理は、日常では手頃な肉を一人分の満足へ変え、ハレの日には良い肉を皆で楽しめる形へ変えてきました。
日本人にとって、塊肉は新しいぜいたくだった
日本にもステーキやローストビーフは以前からありました。しかし、すき焼き、しゃぶしゃぶ、焼肉、焼き鳥など、日本で親しまれてきた肉料理には、肉を薄切りや一口大にして食べるものが多くあります。
そのため、熟成肉、肉バル、厚切りステーキ、シュラスコなど、大きな肉をその姿のまま見せて焼く食べ方には、別の驚きがありました。
2010年代には熟成肉への関心が高まり、2014年にはニューヨーク発のステーキ店「ウルフギャング・ステーキハウス」が日本へ進出しました。肉を薄く分けず、大きな塊のまま焼いて食べること自体が、「こんなに肉を食べてよいのか」という視覚的なぜいたくになったのです。
塊肉が流行しても、従来の肉料理がなくなったわけではありません。普段は唐揚げや生姜焼き、家族が集まればすき焼きや焼肉、特別な外食では厚切りステーキや塊肉。古い食べ方を新しい食べ方が置き換えるのではなく、選択肢がさらに増えました。
日本の肉料理への海外の反応――神戸牛だけでは分からない
神戸牛、すき焼き、しゃぶしゃぶは日本の肉料理の入口
外国人観光客にとって、神戸牛や和牛は日本の肉料理を知る分かりやすい入口です。鉄板の上で焼かれる霜降り肉や、薄切り肉を短時間だけ湯に通すしゃぶしゃぶは、日本旅行ならではの体験になります。
とんかつや唐揚げは、肉のやわらかさと肉汁に驚く
海外にも豚肉や鶏肉を揚げる料理はあります。それでも、日本のとんかつや唐揚げでは、厚い豚肉がやわらかいこと、衣が重すぎないこと、鶏肉の中に肉汁が残っていることが印象になります。
高価な肉を使わなくても、下味、衣、火入れによって一定以上のおいしさを作る。ここにも日本の肉料理の強さがあります。
焼き鳥やホルモン料理では、部位の細かさ自体が新鮮に映る
焼き鳥店では、もも肉だけでなく、皮、砂肝、レバー、軟骨、ぼんじりなどを別々に注文します。焼肉店でも、内臓を含む細かな部位ごとに、脂、歯ごたえ、焼き方が変わります。
一頭、一羽を細かく分け、それぞれを別の味として楽しむこと自体が、日本の肉料理を理解する体験になります。
普段の肉料理にも、価格に応じたおいしさがある
日本の肉料理が評価される理由は、高級店だけではありません。
定食屋の生姜焼き、チェーン店の牛丼やとんかつ、居酒屋の焼き鳥、コンビニの唐揚げ、家庭で作る親子丼。それぞれの価格帯に、その食事へ期待されるおいしさがあります。
もちろん、すべての店、すべての料理がおいしいという意味ではありません。それでも日本では、高級肉から身近な部位まで、「この食材なら、こう食べるとおいしい」という料理が広く共有されています。
まとめ|日本の肉料理は、どんな肉でもおいしさを諦めない
日本の肉料理の豊かさは、高級な和牛だけでは分かりません。
手頃な豚肉や鶏肉、ひき肉、内臓、皮、すじ、そして近年注目された塊肉まで、それぞれに方向の異なるおいしさがあります。
肉が貴重だったから、さまざまな部位を料理にした。料理としておいしかったから、生活が豊かになった後も食べ続けた。そして肉への期待が大きかったから、価格や部位が変わっても、おいしく食べる工夫を重ねてきた。
神戸牛の鉄板焼きを食べてみたいと思う一方で、普段の唐揚げや生姜焼きでも十分にうれしい。日本の肉料理は、肉が変わっても、おいしさを簡単には諦めません。
