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ツナマヨの起源と歴史|アメリカ生まれ日本育ちのおにぎり

ツナマヨはどこから来て、なぜおにぎりの定番になったのか。起源はアメリカ、日本での定着、インバウンドを経た世界への広がりまでを解説します。
CoCoRo編集部

ツナマヨとは何か?起源・歴史・おにぎりの具になるまで

ツナマヨは、いまや日本で「説明のいらない味」になっています。
コンビニのおにぎり売り場では必ず並び、子どもから大人まで誰もが一度は口にしたことがある。
それほど当たり前の存在でありながら、「ツナマヨとは何か」「どこから来た食べ物なのか」を正確に説明できる人は意外と多くありません。

ツナマヨは、日本で生まれた料理ではありません。
しかし、日本で独自の進化を遂げ、まったく別の文脈を持つ食べ物として定着しました。
この記事では、ツナマヨを「発明された料理」としてではなく、「移動し、組み替えられ、意味を与えられてきた食べ物」として捉え、その来歴を整理していきます。


この記事の目次
  1. ツナマヨの起源はどこ?発祥は日本?アメリカ?
  2. ツナマヨはもともと何に使われていた?
  3. ツナマヨは日本でいつから知られていた?
  4. ツナマヨおにぎりの発祥はいつ?
  5. なぜツナマヨおにぎりは定番になった?
  6. ツナマヨは昔はなかった?と感じる理由
  7. ツナマヨを好まない人が一定数いるのはなぜ?
  8. 海外ではツナマヨおにぎりはどう受け止められている?
  9. ツナマヨはどこの国の食べ物なのか?
  10. インバウンド体験はツナマヨおにぎりをどう変えたか
  11. まとめ|ツナマヨはどこまで広がっていくのか

ツナマヨの起源はどこ?発祥は日本?アメリカ?

ツナマヨの原型はアメリカのツナサラダにある

ツナマヨの原型は、アメリカで一般的に食べられてきたツナサラダです。
缶詰のツナにマヨネーズを加え、必要に応じて塩や胡椒で味を整える。
この組み合わせ自体は20世紀前半から存在しており、特別な料理というより、家庭で日常的に作られる「手軽な具材」のひとつでした。

アメリカにおいてツナサラダは、主にサンドイッチの中身として使われてきました。
パンに挟み、冷蔵庫で保存し、忙しい日の昼食として消費される。
そこに文化的な意味や特別な物語が付与されることはほとんどなく、合理性と利便性が優先されてきた食べ方です。

重要なのは、ツナとマヨネーズを混ぜるという行為自体が、誰か特定の人物によって「発明」されたものではない点です。
保存性の高いツナ缶と、油脂を含む調味料であるマヨネーズを組み合わせるのは、極めて自然な発想でした。
そのため、ツナマヨという味の成立は、レシピというより生活の中で自然に形成されたものと考えるほうが適切です。

ツナマヨは日本発祥の料理ではない

この点を踏まえると、ツナマヨを「日本発祥の料理」とするのは正確ではありません。
少なくとも味の組み合わせそのものは、日本で生まれたものではなく、海外ですでに成立していたものです。

ただし、日本で知られているツナマヨは、単なるツナサラダの延長ではありません。
日本に伝わったあと、どのような文脈で受け取られ、どのような使われ方をされたかによって、まったく別の存在へと変化していきます。

ここで重要になるのは、「発祥」と「定着」を分けて考える視点です。
ツナマヨという味の起源は海外にありますが、ツナマヨを日本人がどのように理解し、どの位置づけで食べるようになったかは、日本独自の歴史を持っています。


ツナマヨはもともと何に使われていた?

海外ではサンドイッチやサラダの具として使われていた

海外におけるツナマヨは、あくまで具材のひとつです。
主食の中心になることは少なく、パンやクラッカーと組み合わせて食べられることが一般的でした。

この使われ方には、はっきりとした前提があります。
パン食文化においては、具材は「挟むもの」であり、主役はあくまでパンです。
ツナマヨはその中身として機能し、味や栄養を補完する役割を担っていました。

また、海外のツナサラダには、玉ねぎやピクルス、ハーブなどが加えられることも多く、味の輪郭は比較的はっきりしています。
日本のツナマヨと比べると、より「」としての完成度を意識したものと言えるでしょう。

ご飯と一緒に食べる発想は一般的ではなかった

一方で、ツナマヨを米と組み合わせる発想は、海外ではほとんど一般的ではありませんでした。
これは味の相性の問題というより、食文化の前提が異なるためです。

米を主食とする文化においては、主食と具の関係性が重視されます。
日本のおにぎりは、具が主食の中に包み込まれ、味の強さよりも全体の調和が求められます。
この感覚は、パンに具を挟む文化とは大きく異なります。

ツナマヨが日本でおにぎりの具として成立するには、
「ツナマヨはパンの中身」という前提から切り離され、
「ご飯の中に入れても成立する味」として再解釈される必要がありました。

この再解釈が起こるまでには、一定の時間と環境が必要でした。


ツナマヨは日本でいつから知られていた?

1980年以前、日本でもツナマヨという味は存在していた

日本においても、ツナとマヨネーズを組み合わせる食べ方自体は、1980年以前から知られていました。
ツナ缶とマヨネーズは、どちらも戦後に普及した加工食品であり、家庭の台所に徐々に入り込んでいきます。

当時のツナマヨは、洋風の惣菜やパン食の文脈で使われることが多く、
サンドイッチの具やサラダの一部として扱われていました。
つまり、日本でもツナマヨは「存在していた」ものの、その居場所はあくまで洋食寄りだったと言えます。

ここで注意すべきなのは、この段階ではツナマヨは「定番の味」ではなかったという点です。
知っている人は知っているが、誰もが当然のように食べるものではない。
そうした位置づけに留まっていました。

ただし、この時点では主食の具ではなかった

1980年以前の日本において、ツナマヨはご飯と結びついていませんでした。
少なくとも、おにぎりの具として広く認識されていたわけではありません。

おにぎりの具には、梅干し、昆布、鮭といった保存性や塩味を重視したものが中心でした。
マヨネーズを使った具は、傷みやすいという印象もあり、日常的な選択肢にはなりにくかったのです。

このため、ツナマヨが「おにぎりの具」として認識されるようになるには、
家庭とは別の場所で、新しい文脈が与えられる必要がありました。


ツナマヨおにぎりの発祥はいつ?

1983年、コンビニでツナマヨおにぎりが商品化された

ツナマヨが「おにぎりの具」として明確に姿を現すのは、1983年です。
この年、ツナとマヨネーズを組み合わせた具材が、おにぎりとして商品化されました。
それまで家庭の台所では一般的でなかった組み合わせが、流通の現場で形になった瞬間です。

ここで重要なのは、「家庭で定着したから商品化された」のではないという点です。
順序は逆でした。
先に商品として成立し、それを通じて多くの人が「おにぎりの具としてのツナマヨ」を知ることになります。

この商品化は、味そのものの新規性というよりも、
「この組み合わせをおにぎりに入れても成立する」という判断がなされた点に意味があります。
ツナマヨという味は既に存在していましたが、
それを米と組み合わせ、日常的に流通させるという決断が、ここで初めて行われました。

家庭ではなく流通から広まったことが決定的だった

ツナマヨおにぎりの特徴は、その広まり方にあります。
多くの家庭料理が「家で食べられてから外に出ていく」のに対し、
ツナマヨおにぎりは「外で出会ってから家に入っていく」経路をたどりました。

当時、子どもや若者が自分の判断で食べ物を選べる場所は限られていました。
その中で、一定の価格で、いつでも同じ味を提供する流通の場は、
新しい味を試すきっかけとして強い影響力を持っていました。

ツナマヨおにぎりは、
「家で作るには少し違和感があるが、買って食べる分には自然」
という位置づけで受け入れられていきます。
この中間的な立場が、急激な拒否を生まず、徐々に浸透していく土壌になりました。


なぜツナマヨおにぎりは定番になった?

子どもや若者が繰り返し選んだ味だった

ツナマヨおにぎりが定着していく過程で、重要な役割を果たしたのは若い世代でした。
味が分かりやすく、塩辛すぎず、食べやすい。
そうした特徴は、子どもや学生にとって選びやすい条件でした。

また、ツナマヨは「説明しなくても成立する味」でもあります。
見た目からある程度味が想像でき、
大きな失敗が起きにくい。
この安心感が、繰り返し選ばれる理由になります。

繰り返し選ばれることで、ツナマヨおにぎりは
「変わり種」から「選択肢のひとつ」へと位置づけを変えていきました。
この段階ではまだ「王道」ではありませんが、
少なくとも違和感を持たれる存在ではなくなっています。

家庭の食卓に逆流する形で定着した

流通の場で定着したツナマヨおにぎりは、
やがて家庭の食卓にも影響を与えるようになります。
子どもが外で食べた味を家で再現したいと考える。
あるいは、大人がその味を知り、「意外と合う」と認識する。

こうして、家庭でもツナマヨがご飯と組み合わされるようになります。
ただし、この段階でもツナマヨは伝統的なおにぎりの具と同列ではありません。
あくまで「新しい選択肢」として、少し距離を保ったまま受け入れられていきます。

この逆流の過程を経て、
ツナマヨおにぎりは「特別な存在」から「あってもおかしくない存在」へと変わっていきました。


ツナマヨは昔はなかった?と感じる理由

80年代は変わり種、90年代に定番化した

1980年代に登場したツナマヨおにぎりは、
当初から誰にでも受け入れられていたわけではありません。
むしろ、少し変わった具として扱われることが多かったと言えます。

90年代に入ると、状況が変わります。
流通量が増え、見かける機会が増えることで、
ツナマヨは「珍しいもの」ではなくなっていきました。

この時期に育った世代にとって、
ツナマヨおにぎりは「昔からあった味」になります。
一方で、それ以前の世代にとっては、
ある時期から突然現れた新顔として記憶される。

この世代差が、
「ツナマヨは昔はなかった」と感じる感覚の正体です。

発売時期と市民権獲得に時間差があった

ツナマヨおにぎりの歴史を整理すると、
発売された時期と、完全に定番として認識された時期には、明確なずれがあります。

商品として存在することと、
「当たり前の具」として扱われることは別です。
ツナマヨおにぎりは、その間をゆっくりと埋めていきました。

この時間差があったからこそ、
急激な反発を受けることなく、
世代ごとに自然な形で受け入れられていったとも言えます。


ツナマヨを好まない人が一定数いるのはなぜ?

味ではなく世代ごとの体験差が大きい

ツナマヨに対する否定的な反応は、
味そのものよりも、体験の違いから生まれることが多いです。
幼少期に触れていない味は、
どうしても「外から来たもの」として認識されやすくなります。

特に、伝統的なおにぎりの具を基準にして育った世代にとって、
ツナマヨは異質に感じられることがあります。
これは拒否というより、距離感の問題です。

家庭で食べていない層には馴染みにくい

家庭で繰り返し食べた記憶は、味の評価に大きく影響します。
ツナマヨを家庭で食べていない層にとっては、
それが「懐かしい味」になる機会がありません。

このため、ツナマヨは
「好きな人はとても好きだが、そうでない人には響きにくい」
という評価の分かれ方をしやすい具材になっています。


海外ではツナマヨおにぎりはどう受け止められている?

シンプルなツナサラダの一種として理解されている

海外の人々がツナマヨおにぎりに出会ったとき、
多くの場合、まったく未知の味としてではなく、
「知っている味の別の形」として受け止められます。

ツナとマヨネーズの組み合わせ自体は既に馴染みがあるため、
違和感は比較的少ない。
その意味で、ツナマヨおにぎりは海外でも理解されやすい味です。

別の料理ではなく形の違う同系統の味

海外のツナサラダと、日本のツナマヨおにぎりは、
調味や食べ方に違いはあっても、
味の核は共通しています。

この共通性があるからこそ、
ツナマヨおにぎりは「別物」として拒否されにくく、
自然に受け入れられていきます。


ツナマヨはどこの国の食べ物なのか?

味の起源はアメリカ、おにぎりとしての成立は日本

ツナマヨをどこの国の食べ物と呼ぶかは、
どの段階を見るかによって答えが変わります。
味の起源をたどれば海外に行き着きますが、
おにぎりの具としての完成形は、日本で生まれました。

この二重性こそが、ツナマヨの特徴です。
一つの国で完結せず、
移動と再解釈を経て形作られてきました。

ツナマヨおにぎりは日本独自の食文化である

ツナマヨおにぎりは、
海外の料理をそのまま取り入れたものではありません。
米を主食とする文化の中で再構成され、
独自の位置づけを獲得しています。

その意味で、ツナマヨおにぎりは
日本の食文化の柔軟さを示す一例と言えるでしょう。


インバウンド体験はツナマヨおにぎりをどう変えたか

ツナマヨおにぎりは、日本国内で完結する食べ物ではなくなりつつあります。
その変化を生んでいるのが、インバウンドによる「体験」です。

日本を訪れた外国人観光客の多くは、特別な店ではなく、日常的な場所で食事をします。
その過程で、コンビニや駅売店でおにぎりを手に取り、
その中の一つとしてツナマヨおにぎりを体験します。

この体験は、寿司や懐石のような「非日常の日本食」とは性質が異なります。
高級でもなく、儀式性もなく、説明を必要としない。
「たまたま食べた日常食」として記憶される点が特徴です。

海外観光客が日本でツナマヨおにぎりを体験する意味

ツナマヨおにぎりが印象に残りやすいのは、
味の新奇性ではなく、体験の文脈にあります。

・自分で選んだ
・手軽に買えた
・思っていたよりおいしかった

こうした体験は、「日本での思い出」と結びつきやすく、
帰国後も記憶として残ります。

重要なのは、
その味が「まったく未知のもの」ではない点です。
ツナもマヨネーズも、すでに知っている。
だからこそ、「また食べたい」という感情が生まれやすい。

帰国後に「同じ体験」を再現できてしまう理由

ツナマヨおにぎりは、再現のハードルが極端に低い食べ物です。

・ツナ缶は世界中で流通している
・マヨネーズも同様
・米も多くの国で入手可能

必要な材料は特別なものではなく、
宗教的・文化的制約にも引っかかりにくい。

その結果、
「日本で食べたあの味を、家で作ってみる」
という行動が自然に起こります。

この再現行動は、
日本食を専門的に学ぶ文脈とは異なります。
料理として習得するのではなく、
体験をなぞる行為に近い。

ツナマヨは各国の家庭料理に入り込む余地がある

再現されたツナマヨおにぎりは、
最初は「日本で食べたもの」として作られます。

しかし、家庭で繰り返されるうちに、
次第にその文脈は薄れていきます。

・子どもが気に入る
・作るのが簡単
・特別な日でなくても出せる

こうした条件が揃うことで、
ツナマヨは「日本の料理」ではなく、
「その家庭の料理」へと変わっていきます。

この段階に入ると、
ツナマヨおにぎりは文化を越えた存在になります。


まとめ|ツナマヨはどこまで広がっていくのか

ツナマヨは、誰かが発明した料理ではありません。
すでに存在していた味が、
場所を移し、文脈を変え、意味を与えられてきました。

アメリカでは合理的な家庭料理として存在し、
日本ではおにぎりの具として再構成され、
世代の体験を通じて定着しました。

そして現在、
インバウンドによってその体験が国境を越えています。

ツナマヨおにぎりは、
「日本食だから広がる」のではありません。
知っている味であり、再現でき、
思い出と結びつきやすいから広がります。

この条件が揃った食べ物は、
やがて各国で「懐かしい味」になります。
それは日本由来であることを意識されないまま、
その土地の家庭に溶け込んでいく可能性を持っています。

ツナマヨが、
将来いくつかの国でソウルフードと呼ばれるようになるかどうかは、
まだ分かりません。

ただ、
その条件はすでに揃っている。
それだけは確かです。

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