エッセイ
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貴方はいつから、とんかつにからしを付けるようになりましたか?

とんかつは、なぜソースだけでなく、からしや塩で食べられるようになったのか。洋食から和食への歴史と、店ごとに評価される料理へ進化した背景を丁寧に解説します。
CoCoRo編集部

貴方はいつから、とんかつにからしを付けるようになりましたか?

──とんかつの歴史・起源と、食べ方が変わっていった理由

この記事の目次
  1. はじめに
  2. 昔のとんかつは、ソースで食べる料理だった
  3. とんかつの歴史と起源|洋食として日本に入ってきた料理
  4. とんかつの原型は、フランス料理のコートレットだった
  5. とんかつが、洋食から和食になった理由
  6. とんかつは、店ごとに評価される料理へ進化した
  7. とんかつの味付けを「選ぶ」食べ方が生まれた
  8. とんかつが変わり、食べ方も自然に変わった
  9. とんかつは「語られる料理」になった
  10. なぜ、からしを付けるようになったのか

はじめに

とんかつに、からしを付けて食べる。

いまではごく自然な光景ですが、
あらためて振り返ってみると、
いつからそうなったのかは意外と覚えていないものです。

昔から、そうやって食べていたでしょうか。
少なくとも、子どもの頃の記憶をたどると、多くの人にとってとんかつは「ソースをかけて食べる料理」だったはずです。

それが、いつの間にか、からしを添える、塩で食べる、ゴマをすってソースを調整する、といった食べ方が当たり前になりました。

「大人になって味覚が変わったから」と説明することもできます。
ただ、それだけで説明しきれるほど単純な変化だったでしょうか。

とんかつそのものが、気づかないうちに大きく変わってきた。
この記事では、その変化を歴史・文化・食べ方の記憶を手がかりに辿っていきます。


昔のとんかつは、ソースで食べる料理だった

出てきたとんかつを、そのままソースで食べていた

昭和後期から平成初期にかけて、とんかつの食べ方はとてもシンプルでした。
皿に盛られたとんかつに、卓上のソースをかけて食べる。それだけです。

からしが付いてくる店もありましたが、使うかどうかは人それぞれでした。
少なくとも「からしを付けて食べるのが正解」という空気はありません。

とんかつは、特別な料理でありながら、食べ方に工夫を求められる存在ではなかったのです。

味付けを選ぶという発想がなかった頃

当時のとんかつは、「どう食べるか」よりも「とんかつであること」そのものが価値でした。

衣はサクッとしていて、肉は柔らかい。
それを甘辛いソースで食べれば、それで十分に美味しかった。

いまのように、肉の厚みや脂の質、火入れの違いを細かく意識することは、ほとんどありません。
味付けを選ぶ余地がなかったというより、選ぶ必要がなかったと言ったほうが近いでしょう。

からしは、あっても使わないことが多かった

からしは、あくまで脇役でした。
少量が皿の端に添えられていても、使わずに残す人も多かったはずです。

「からしを付けると辛い」「ソースで十分」。
そう感じる人が大半だった時代、とんかつはまだ、完成した味として提供される料理だったと言えます。


とんかつの歴史と起源|洋食として日本に入ってきた料理

とんかつの原型は、明治期に伝わったカツレツ

とんかつのルーツは、明治時代に日本へ伝わった西洋料理にあります。
フランス料理の「コートレット(côtelette)」を起源とする、カツレツです。

明治28年(1895年)、・銀座の 煉瓦亭 で提供された「ポークカツレツ」が、日本におけるとんかつの始まりとされています。

当時のカツレツは、現在のとんかつとはかなり異なる料理でした。

とんかつはどこで発祥し、どのように広がったのか

最初のカツレツは、薄切りの肉にパン粉を付け、バターで焼くという、れっきとした西洋料理でした。
ナイフとフォークで食べることが前提で、ごはんや味噌汁と並ぶものではありません。

それでも、日本人はこの料理に可能性を見出します。
肉料理を日常に取り入れるための工夫が、ここから始まりました。

とんかつが日本で食べ続けられる料理になるまで

重要だったのは、味そのものよりも、生活の中でどう扱えるかでした。

西洋料理としてそのまま受け入れるのではなく、日本の食文化に合う形へと、少しずつ姿を変えていきます。
この「変形」こそが、とんかつを長く生き残らせた最大の要因でした。


とんかつの原型は、フランス料理のコートレットだった

コートレットは、バターで焼く西洋の肉料理だった

コートレットは、仔牛や豚肉を薄く叩き、パン粉をまぶして焼き上げる料理です。
油で揚げるのではなく、バターや油脂で焼く調理法が基本でした。

フランス料理の文脈では、ソースと一体化した味、皿の上で完成する構成が重視されます。
これは、日本の家庭や食堂にとって、決して扱いやすい料理ではありませんでした。

ポワレやソテーの洋食が、日本では定着しなかった理由

焼き料理は、火加減が難しく、調理者の技量差が出やすいという特徴があります。
家庭で再現しにくく、外食でも失敗が許されない。

この性質は、日常食として広がるには不向きでした。

「焼く料理」から「揚げる料理」へ変わった日本独自の進化

そこで参考にされたのが、日本の揚げ物文化です。
天ぷらに代表される「揚げる」技術は、すでに成熟していました。

油で揚げることで、火入れが均一になり、外側と内側の食感差が生まれ、大量調理も可能になります。
とんかつはここで、西洋料理でありながら、日本の調理合理性を取り込んだ料理へと進化しました。


とんかつが、洋食から和食になった理由

切って提供され、箸で食べられる洋食だった

とんかつは、提供時点ですでに切られています。
この一点が、決定的でした。

ナイフを使わず、箸で食べられる。
これは単なる利便性ではなく、食事作法の壁を取り払う行為です。

とんかつは、洋食でありながら、「和食のテーブル」に違和感なく乗れる存在になりました。

ごはん・味噌汁と並ぶ定食として成立した

とんかつは、主菜として明確な役割を持ちます。
ごはん、味噌汁、漬物と並んでも、構造が崩れません。

油を使った料理でありながら、一食のバランスとして受け入れられた点は重要です。
ここで、とんかつは、洋食というジャンルを超えた存在になります。

家庭と外食の両方で日常化しやすい料理だった

調理工程が比較的単純で、材料も特別ではありません。
この条件が揃ったことで、とんかつは、家庭料理、食堂の定番、専門店の看板と、複数の顔を持つようになります。

結果として、昭和後期以降の世代にとって、とんかつは「和食の記憶」として定着していきました。


とんかつは、店ごとに評価される料理へ進化した

肉の厚みや火入れが語られるようになった

ある時期から、とんかつの話題は「あるか/ないか」ではなく、「どうだったか」へと移っていきます。
衣の軽さ、肉の厚み、断面の色。揚げ時間や休ませ方といった工程が、食べ手の会話に自然と登場するようになりました。

これは、料理の難易度が上がったというより、評価の視点が増えたと捉えるほうが近いでしょう。
以前は、揚がっていて温かく、ソースをかければ美味しい。それで十分でした。
ところが、肉の中心がほんのり色づく火入れが「良い」とされるようになり、切り口を見て判断する習慣が広がります。

見た目が語られるようになったことで、とんかつは一気に“比較される料理”になりました。

豚の産地や脂の質が、店の個性として意識され始めた

次に語られるようになったのが、豚そのものの違いです。
銘柄豚、産地、飼料、脂の質。これらが、店の個性として前面に出てきます。

脂が軽い、甘い、香りがある。
そうした表現が通じるようになったのは、食べ手の側に「比べる経験」が蓄積されたからです。

ここで重要なのは、
とんかつが“一律の料理”ではなくなったという点です。
同じ調理法でも、素材が変われば味が変わる。
その違いを楽しめる段階にまで、とんかつが日本の食卓に浸透したということでもあります。

「どこで食べるか」が味を左右するようになった

この変化は、街の記憶にも現れます。
「あの店のとんかつは厚い」「あそこは脂が軽い」といった評価が、場所と結びついて語られるようになりました。

カツカレーやカツ丼も同様です。
“どこどこのカツカレーが美味しい”という言い方が成立するようになったのは、
とんかつが店ごとに違って当たり前の料理になったからです。

ここで、とんかつは完全に次の段階へ進みます。
料理そのものではなく、店の姿勢や技術が評価される料理になったのです。


とんかつの味付けを「選ぶ」食べ方が生まれた

ゴマ・塩・からしが並ぶようになった背景

とんかつ専門店のテーブルに、複数の選択肢が並ぶようになります。
ソースだけでなく、ゴマ、塩、からし。

これは流行というより、必然でした。
店ごとに肉も揚げ方も違う以上、一つの味付けですべてを覆う必要がなくなったからです。

ゴマをすってソースを調整する行為は、味を作り直すためではありません。
その店のとんかつに合わせて、ソースを“合わせる”ための行為です。

ソースをかけきらずに食べる人が増えた理由

以前は、ソースをたっぷりかけるのが当たり前でした。
衣と肉を一体にして、迷わず食べるための方法です。

ところが、肉そのものの味や脂の質が意識されるようになると、
ソースは補助的な存在へと位置づけが変わります。

まずは何も付けずに一口。
次に塩。
最後にソースやからし。

こうした食べ方が広がった背景には、
とんかつ自体が、段階的に味わう価値を持つ料理になったという変化があります。

店ごとの味に合わせて食べ方を変える感覚

食べ手は、正解を探さなくなりました。
代わりに、その店のとんかつに合う食べ方を探すようになります。

この時点で、食べ方は固定ではなくなります。
同じ人でも、店が変われば選択が変わる。

とんかつは、
「こう食べるべき料理」ではなく、
「店の味と自分の好みに合わせて食べる料理」へと性格を変えました。


とんかつが変わり、食べ方も自然に変わった

ソースだけでは伝わらない味が出てきた

肉の厚み、脂の質、火入れ。
これらが語られるようになると、ソースだけでは覆いきれない要素が増えていきます。

ソースは依然として重要です。
しかし、すべてを同じ味にしてしまう存在ではなくなりました。

ここで、からしや塩が持つ役割が変わります。

からしや塩が、意味を持つようになった理由

からしは、辛味を足すためだけのものではありません。
脂を切り、輪郭をはっきりさせる役割を持ちます。

塩も同様です。
味を付けるというより、素材を立たせるために使われるようになりました。

これらが自然に使われるようになったのは、
料理側がそれを受け止められる状態になったからです。

料理が変わったことが、食べ方の変化につながった

ここで一度、因果関係を整理しておく必要があります。

とんかつは、完成度が高くなったから食べ方が自由になったわけではありません。
また、食べ手が成長したから急に高度な食べ方を始めたわけでもありません。

とんかつそのものが変わった。
その変化に合わせて、食べ手の付き合い方が自然に変わった。

この順番を取り違えると、話は不自然になります。

なお、大人になって味覚が変わったと感じる人もいるでしょう。
ただ、それは主因ではなく、変化を後押しした一因と考えるほうが自然です。


とんかつは「語られる料理」になった

カツカレーが、店名とセットで語られるようになった

ある頃から、カツカレーは単なるメニュー名ではなくなりました。
「どこどこのカツカレーが美味しい」という言い方が、自然に成立するようになります。

同じカレー、同じカツという前提では、こうした語られ方は生まれません。
カツの厚み、揚げ方、脂の質が店ごとに異なり、それが皿の印象を大きく左右するようになったからです。

とんかつが、料理として十分に成熟し、比較の対象になれるだけの幅を持った
カツカレーは、その変化をもっとも分かりやすく映す鏡でした。

カツサンドが、差し入れや名物として選ばれるようになった

カツサンドもまた、とんかつの評価が変わったことを象徴しています。
かつては「余ったとんかつの再利用」に近い存在だったものが、
いつの間にか、店の看板商品として選ばれるようになりました。

肉質が良く、火入れが安定していなければ、カツサンドは成立しません。
冷めても美味しい、断面がきれい、脂が重すぎない。
そうした条件が揃って初めて、「持っていけるとんかつ」になります。

差し入れとして喜ばれるようになったという事実は、
とんかつが信頼される料理になった証でもあります。

店ごとの違いを楽しむ料理になった

こうして、とんかつは
「どこで食べても同じもの」から、
「店ごとの違いを楽しむもの」へと完全に移行しました。

この段階に入ると、食べ方は固定されません。
正解が一つではなくなり、経験が価値を持ち始めます。

今日は塩が合う。
この店ではからしが効く。
次はソースを控えめにしよう。

そうした判断が自然に行われるようになった背景には、
とんかつが日本の食文化の中で、十分に身近で、十分に奥行きのある料理になったという事実があります。


なぜ、からしを付けるようになったのか

大人になって、味覚が変わったと感じる人もいる

もちろん、年齢とともに味覚が変わったと感じる人もいます。
脂を重く感じるようになった、甘いソースが強すぎると感じるようになった。
そうした実感は、多くの人に共通するものです。

からしを付けるようになった理由を、そこに求めることもできるでしょう。
それは、決して間違いではありません。

一段上だと感じられるとんかつに出会った人も多い

ただ、もう一つ、見逃せないきっかけがあります。
それは、「いつもより美味しい」と感じるとんかつに出会った瞬間です。

肉の質が良い。
火入れが絶妙。
脂が軽く、香りがある。

そうしたとんかつに出会ったとき、
ソースをかけきることに、少しだけ躊躇が生まれます。

からしを少し添えてみる。
塩で一切れだけ食べてみる。

その行為は、背伸びではありません。
料理に対する自然な反応です。

自分が変わったのか、とんかつが変わったのか

ここまで辿ってきた流れを踏まえると、答えは一つに定まりません。

自分が変わった部分もある。
同時に、とんかつも大きく変わってきた。

とんかつは、洋食として日本に入り、
和食として日常に根づき、
店ごとに評価される料理へと進化しました。

その過程で、
からしや塩、ゴマといった選択肢が意味を持つようになり、
食べ方が自然に広がっていったのです。

次にとんかつを食べるとき、
からしを添えるかどうか、ほんの少し考えてみる。

あるいは、今日はソースがいいと思ったら、それでもいい。

お店の味と、自分の好みを少しだけ意識してみると、
とんかつという料理が、
これまでより少し立体的に見えてくるかもしれません。

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